ホルケウ~暗く甘い秘密~

「どうぞ」


軽く上半身を起こし、山崎は入室を促した。

入ってきたのは、精悍な顔つきの男性医師らしき人物だ。


「初めまして。山崎さんの担当医の青山と申します」


愛想笑い一つ溢さずに、透き通った声で淡々と自己紹介を済ませた青山を、山崎はじっと見つめた。


「目が覚めてよかった。あなたがここに運ばれてから、もう2日経ちますよ」

「2日も?」

「はい。40度近い高熱を出し、生死の境をさ迷っていました」


それを聞いた山崎は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

だがそれもつかの間、山崎は青山に静かに問いかけた。



「なぜ俺は熱を出したんですか?」



青山は即答を避けた。

その代わりに、山崎を立たせて個室のトイレに連れていく。

大きな鏡に映る、代わり果てた自分の姿に山崎は驚きのあまり絶句した。

口元からのぞく、鋭く光る牙。
蜂蜜を垂らしたような黄金色の瞳。

心なしか、皮膚も少しだけ分厚くなった気がしないでもない。


「誰だ……これ……」


呆然と立ち尽くす山崎を、青山のひんやりとした声が現実に追い落とす。


「人狼に噛まれ、変身に成功した姿です。あなたは2日前、教え子を庇い化け物に噛まれた」

「化け物?まさか……」


あのガキが、そうだって言うのか。

山崎の口の中で、その言葉は泡のごとく消え、代わりのものが口を突いて出た。


「嘘だろ?」


すがり付くような視線を青山に向ける。

しかし彼はそれをあっさりと受け流し、ひたすら淡々とした口調でこう通告した。


「今のあなたは、一般人と生活空間を共有するのが困難だというのが私の見解です。あなたのご両親には、原因不明の奇病にかかったと説明しました。実際似たようなものですし」


原因不明の奇病なら、まだ現実味がある。

そっちのほうがましだ。

言いたいことが目まぐるしく出ては消えてを繰り返すが、その間山崎はなにも言えないままだった。


「肉体の変化を受け入れ、あなたが上手に力を使いこなすまで、この隔離病棟でトレーニングをしてもらいます。早く社会復帰をしたいのなら、どうか我々にご協力ください」


トイレから出ていこうとする青山の背中に、山崎は震える声で待ったをかけた。


「これから、俺はどうすれば良いんだ」

「心理的負担に関しては、専門のカウンセラーがおりますので、そちらにご相談ください」


青山の答えはにべもなかった。
< 140 / 191 >

この作品をシェア

pagetop