ホルケウ~暗く甘い秘密~
「どうぞ」
軽く上半身を起こし、山崎は入室を促した。
入ってきたのは、精悍な顔つきの男性医師らしき人物だ。
「初めまして。山崎さんの担当医の青山と申します」
愛想笑い一つ溢さずに、透き通った声で淡々と自己紹介を済ませた青山を、山崎はじっと見つめた。
「目が覚めてよかった。あなたがここに運ばれてから、もう2日経ちますよ」
「2日も?」
「はい。40度近い高熱を出し、生死の境をさ迷っていました」
それを聞いた山崎は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
だがそれもつかの間、山崎は青山に静かに問いかけた。
「なぜ俺は熱を出したんですか?」
青山は即答を避けた。
その代わりに、山崎を立たせて個室のトイレに連れていく。
大きな鏡に映る、代わり果てた自分の姿に山崎は驚きのあまり絶句した。
口元からのぞく、鋭く光る牙。
蜂蜜を垂らしたような黄金色の瞳。
心なしか、皮膚も少しだけ分厚くなった気がしないでもない。
「誰だ……これ……」
呆然と立ち尽くす山崎を、青山のひんやりとした声が現実に追い落とす。
「人狼に噛まれ、変身に成功した姿です。あなたは2日前、教え子を庇い化け物に噛まれた」
「化け物?まさか……」
あのガキが、そうだって言うのか。
山崎の口の中で、その言葉は泡のごとく消え、代わりのものが口を突いて出た。
「嘘だろ?」
すがり付くような視線を青山に向ける。
しかし彼はそれをあっさりと受け流し、ひたすら淡々とした口調でこう通告した。
「今のあなたは、一般人と生活空間を共有するのが困難だというのが私の見解です。あなたのご両親には、原因不明の奇病にかかったと説明しました。実際似たようなものですし」
原因不明の奇病なら、まだ現実味がある。
そっちのほうがましだ。
言いたいことが目まぐるしく出ては消えてを繰り返すが、その間山崎はなにも言えないままだった。
「肉体の変化を受け入れ、あなたが上手に力を使いこなすまで、この隔離病棟でトレーニングをしてもらいます。早く社会復帰をしたいのなら、どうか我々にご協力ください」
トイレから出ていこうとする青山の背中に、山崎は震える声で待ったをかけた。
「これから、俺はどうすれば良いんだ」
「心理的負担に関しては、専門のカウンセラーがおりますので、そちらにご相談ください」
青山の答えはにべもなかった。