ホルケウ~暗く甘い秘密~
「今日の訓練は、握力の制御です」
意識が戻ってから毎日、なにかしらの訓練を施されてきた山崎は、ただ黙って青山の説明に耳を傾けていた。
今まで受けた訓練はどれも、人間だった時には普通に出来ていたが、半人狼になった瞬間に難しくなるものばかりだった。
たとえば、歩くという行為。
山崎自身が普通の速度で歩いているつもりでも、実際には時速50Km近いスピードが出ていたことがあった。
「ここにある林檎を潰さずに十秒以上握ることが出来れば、今日の訓練は終わりにします」
入口のカウンターに置かれた、篭いっぱいに積まれたりんごを指差し、青山は出ていった。
林檎を一つ手に取り、指で包み込んでみる。
(触れるだけ……握るだけ……)
意識するや否や、軽快な音をたてて林檎は潰れてしまった。
手の平に滴る果汁を舐めとり、気を取り直してもう一度、山崎は林檎を手に取った。
林檎だと思うから、遠慮なく力が入るのかもしれないと思い、決して雑に扱ってはいけないものを思い浮かべようと試みる。
(もしこれが赤ん坊だったら。こんな怪力で手を握ったら、骨を砕いちまう)
力を抜いて、指を這わせる。
その感覚がもどかしくて、つい指に力が入ってしまい、また林檎は潰れた。
ただ、表面を触るだけ。
何度も自分に言い聞かせ、指に力が入りそうになれば手首をおさえこみ、ようやく十秒以上林檎を握っていられるようになった頃には、どっぷり日が暮れていた。
特別動いたわけではないものの、物凄い疲労感に襲われた山崎は、ゆっくりと息を吐き出した。
(まだまだ、コントロールが難しいな)
焦燥感に駆られそうになるのを堪える。
山崎の不安要素は、この余りある力だけではない。
青山に説明された、人狼の種づけの本能のほうもまた心配であった。
もし、生徒を襲ってしまったら。
そう考えるだけで、あらゆる意味で脂汗が止まらない。
(早く、慣らさないと……)