ホルケウ~暗く甘い秘密~
もう一杯紅茶を楽しんだらここを出よう。
空になったマグカップに二杯めの紅茶を注いでいると、上原もマグカップを差し出した。
「俺も同じやつ飲む」
「出がらしでいいの?」
「いいよ。気にしないから」
室内にたゆたう林檎の香り。
日が落ちはじめ、わずかに薄暗くなってきたギャラリーで、上原は呟いた。
「春山さ」
「うん」
「呉原玲のどこを好きになったの?」
直球な質問に、紅茶が変なところに入りそうになる。
が、それをこらえ、りこは考えた。
「玲を好きになったきっかけね……」
再開してからまだ、そんなに日が経っていない幼馴染。
今までの記憶を何度反芻しても、好きになった決めてはわからない。
「わからない。いつの間にか好きだったから」
「ふーん、そんなもんなんだ」
「そういう上原くんこそ、好きな人っていないの?」
「いるよ」
思わず、といったふうに上原は反射的に答えた。
鋭く射抜くような、熱を孕んだ眼差しに、とっさにりこは体をこわばらせた。
たいして暑くもないのに、汗が一筋、背中を伝い落ちる。
「誰か知りたくないの?」
りこが思っている以上に時間が経っていたのか、からかうように上原が尋ねた。
しかし、その双眸はいまだに異様な光を放っている。
「聞いたら教えてくれるの?」
深く考えないうちに、りこは余裕をたたえた微笑みと、軽やかな声音を装備していた。
自分らしくない、無駄に大人な振る舞いに、若干違和感を覚える。
「教えない」
いたずらっぽく、しかし複雑そうな表情で上原はそう言った。
そしてその答えを予想していた自分に、りこは驚いた。
(上原君の好きな人って……)
自分なのかもしれない。
本能的にそう思ったが、確証がない以上あれこれ考えても無駄だろう。
(こんなこと考えるなんて、自意識過剰だわ。私)
自意識過剰。
まったくもってその通りである。
上原がりこを好きだと思わせるようなアクションは少ないし、それを言葉や態度にしたわけでもない。
しかしどういうことか、りこは今、上原と二人きりでいるこの状況に気まずさを感じていた。