ホルケウ~暗く甘い秘密~
不意に止まった足音が聞こえた距離からして、おそらくその人は鏡の前にいることだろう。
「チッ、あの野郎……跡はつけるなって言ったのに」
この、不機嫌そうなアルトの声。
間違いない、鹿野まなだ。
隠れていてよかった、と心の底から安堵しながら、りこは耳を塞ぐべきかどうか迷った。
しかし、耳を塞ぐまでもなく、まなの独白は続いた。
「それに、コンドームぐらいつけろや。クソッ……」
お世辞にも綺麗とは言えない言葉を吐きながら、何やら作業をし始めたのか、ガチャガチャと音がする。
パチン、と金具を止める音と、薄く香ってきた薔薇の匂いから考えて、化粧を直しているのだろう。
それが終わったのか、しばらくしてまなは女子トイレを後にした。
抱きしめるように抱えていたスクールバッグからスマホを出し、現在時刻を確認すると、もう7時52分である。
りこはため息をつき、にわかに痛み始めた頭を抱えた。
(コンドームつけてないって……いや、それよりも朝っぱらから学校でヤるなんて……あの子、何考えているわけ?)
どっと押し寄せてきた疲れに呑まれ、りこは朝の勉強を諦めた。
こんな状態でやっても、どうせ集中出来ないだろう。
トイレから出て、鏡の前に歩み寄る。
もう顔は赤らんではいない。
もう一度ため息をつき、りこは重い足取りで女子トイレを出た。