ホルケウ~暗く甘い秘密~


何かあったことを察したのか、帰ってきた親父は俺に何も尋ねなかった。

けど、お袋の言葉は新しい呪いとなって、俺の脳裏にこびりついた。

それから、あれほど悩んでいた肉欲の凄まじさはパタリとなくなった。

そりゃーもう見事に。

まず、どんな女を見ても勃たくなった。

それから、自分から女子に話しかけることがほぼなくなった。

人狼の本能より、人としてのトラウマのほうが勝ったんだ。

お袋が出ていった日、窓の外は吹雪いていた。

なんとなく一人になりたくて、俺は外に足を踏み出していた。

その日は新月だった。

俺は狼に変身し、白く暗い世界をひた走った。

特にどこに行きたいとかはなかった。

ただ、何も考えないでいられる時間と、誰も、何もいない空間が欲しかったんだ。

高速沿いの針葉樹の森を駆け抜け、雪を踏みしめるたびに、感情の整理が出来てくる。

バカみたいにあり余っている体力を消費するように走って、走って、走って、走って。

どれくらいそうしていたのか、いつの間にか俺は帯広の近くまで来ていた。

帯広空港からそう遠くない広大な平野は、一面銀世界と化していた。

白川町は吹雪いていたけど、そこは空気が穏やかで、雪も緩やかに降っていた。

真っ暗な世界から一転、紫とピンクが入り交じったような冬独特の空を見上げ、俺は泣いた。

多分、叫んでいたと思う。

無人の平地に、俺の咆哮は木霊した。

誰もいないから、俺は気が済むまで泣き(鳴き)続けることが出来た。

雪がやみはじめた頃、俺は十勝平野から去っていった。

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