ホルケウ~暗く甘い秘密~
もう、情けないとか虚しいとか、色んな感情が入り交じって、俺はスミス神父にすべてを話した。
死にたい、って小さく呟くと、スミス神父はしばらく無言になった。
「……玲、私には神から授かった力が2つあります。1つは人の傷を癒す力、もう1つは」
ほんの少し躊躇してから、スミス神父は吐き出すように囁いた。
「人の記憶を、作り替える力です」
どうするかはあなた次第です。
まるでそう語りかけるような彼の目に、俺はなんだか安心した。
なんていうかな、スミス神父と出会ったのも愛子と出会ったのも、全部運命のいたずらみたいなものだって思えてきた。
これで楽になれる。
天国につながる階段を見つけた死者のように、気持ちは凪いだ。
「愛子の記憶を、改竄してください」
もう二度と俺のことを好きにならないように、徹底的に酷いものに仕上げてください。
俺が彼女をレイプし、彼女のほうも俺に対して気持ちが冷めたってことにしてください。
そうすれば、こんな間違いは二度と起きない。
淡々とそう吐き出せば、スミス神父は一筋だけ涙を流した。
俺の代わりに泣いてくれたのかもしれない。
こんなことになっても、俺はまったく泣けなかったから。
帰宅して、スミス神父には玄関で待っていてもらった。
愛子に服を着せて、その寝顔を見つめていたら心が少し疼いた。
思えば、これが初恋だったんだよな。
初めての彼女だったんだよな。
こんな終わり方になったけど、ちゃんとこの人のことを好きだった。
軽く頭を撫で、最後のキスをする。
触れるだけの淡いキスは夢とも現ともつかないもので、どうしようもなく切なくなった。
さよなら。
極力感情を捨てて、一番伝えなきゃいけない四文字を口から紡ぐ。
スミス神父が掌から真っ白な光を出して、愛子の頭の上に掲げている間、俺は目をそらすことなくそれを見ていた。
記憶の改竄を終え、スミス神父は自分の罪を懺悔しに、隣町の教会へ行った。
そうしたほうが良い状況だったとしても、自然の摂理を曲げたことは大罪らしい。
愛子を部屋に残して、俺も外に出た。
雪がさっきより酷くなっている。
風も出てきた。
不意に、お袋を襲ったあの忌まわしい記憶が甦る。
真っ白い世界に、俺は一人だった。
こうして俺は、さらに孤独になった。