ホルケウ~暗く甘い秘密~
3
「……玲?」
恐る恐るりこが小さく呼び掛けると、玲は軽く瞠目した。
衝動的なキスの後の時間は、実際は一瞬だったはずなのにそうは思えなかった。
少なくとも、りこにとってはそうだった。
「……帰ろうか」
儚い微笑みを残して、りこに背を向ける。
たったそれだけのことだが、りこは今また玲との距離が開いたことに気がついた。
明確ではなくても、玲の背中越しに見える感情、それは純然たる拒絶であった。
乱れた衣服を直しながら、りこは遅まきながら後悔した。
(……なんで、キスしちゃったんだろう)
正確には、どちらともなくキスをした。
しかし、それがきっかけで玲と距離が出来たのは紛れもない事実である。
家まで送ってもらうのに、ひどく時間がかかった気がした。
楽しい気分など吹き飛び、りこは気まずい空気をひたすら耐えた。
帰り道、玲の瞳がまたどこか遠くを見ていることに気づき、りこは何か言おうとした。
言おうとはしたが、何を言うべきかわからなかった。
ただわかること。
それは、この重苦しい雰囲気に飲まれたくないということ。
「ねえ、りこさん」
振り返り様にかけられた声は、抑揚のないものだった。
白磁のように滑らかな玲の肌を、夕陽が紅色に染める。
なんとなく身構えて次の言葉を待っていたが、玲は「やっぱりなんでもない」と呟いた。
なんでもない。
そう言いながらも、どこか物言いたげな様子の玲にモヤモヤしたものを感じるが、りこはその感情に蓋をした。
玄関のドアが閉じるまで見送ってもらい、りこは自室に入るなりベッドに突っ伏した。
おもむろに起き上がり、着替えながら考えることはさっきのことばかり。
(玲の気持ちがまったくわからない……)
もしかしたら、と期待する瞬間もあれば、さっきのようにまったく希望を感じさせない時もある。
改めて、りこは自分の恋愛は一癖あると実感した。
「そういえば、玲のお父さん風邪引いてるんだっけ……」
家事を手伝いに行こうと重い腰を上げたそのとき、スマートフォンがけたたましく鳴った。
LINEの通話画面が映る。
海間里美からの電話であった。