ホルケウ~暗く甘い秘密~



「……玲?」


恐る恐るりこが小さく呼び掛けると、玲は軽く瞠目した。

衝動的なキスの後の時間は、実際は一瞬だったはずなのにそうは思えなかった。

少なくとも、りこにとってはそうだった。


「……帰ろうか」


儚い微笑みを残して、りこに背を向ける。

たったそれだけのことだが、りこは今また玲との距離が開いたことに気がついた。

明確ではなくても、玲の背中越しに見える感情、それは純然たる拒絶であった。

乱れた衣服を直しながら、りこは遅まきながら後悔した。


(……なんで、キスしちゃったんだろう)



正確には、どちらともなくキスをした。

しかし、それがきっかけで玲と距離が出来たのは紛れもない事実である。

家まで送ってもらうのに、ひどく時間がかかった気がした。

楽しい気分など吹き飛び、りこは気まずい空気をひたすら耐えた。

帰り道、玲の瞳がまたどこか遠くを見ていることに気づき、りこは何か言おうとした。

言おうとはしたが、何を言うべきかわからなかった。

ただわかること。

それは、この重苦しい雰囲気に飲まれたくないということ。


「ねえ、りこさん」


振り返り様にかけられた声は、抑揚のないものだった。

白磁のように滑らかな玲の肌を、夕陽が紅色に染める。

なんとなく身構えて次の言葉を待っていたが、玲は「やっぱりなんでもない」と呟いた。

なんでもない。

そう言いながらも、どこか物言いたげな様子の玲にモヤモヤしたものを感じるが、りこはその感情に蓋をした。

玄関のドアが閉じるまで見送ってもらい、りこは自室に入るなりベッドに突っ伏した。

おもむろに起き上がり、着替えながら考えることはさっきのことばかり。


(玲の気持ちがまったくわからない……)


もしかしたら、と期待する瞬間もあれば、さっきのようにまったく希望を感じさせない時もある。

改めて、りこは自分の恋愛は一癖あると実感した。


「そういえば、玲のお父さん風邪引いてるんだっけ……」


家事を手伝いに行こうと重い腰を上げたそのとき、スマートフォンがけたたましく鳴った。

LINEの通話画面が映る。

海間里美からの電話であった。


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