ホルケウ~暗く甘い秘密~


目が合った瞬間、山崎は気まずげにりこの顔から手を外した。

困ったように細くため息をつき、山崎がぼやく。


「人狼の本能って恐ろしいな。こんな乳臭いガキにすら欲情するとか」


全部聞き終わるや否や、りこのほうも全速力で離れる。

警戒心剥き出しの視線は、相手が山崎ということもありかなり露骨だ。


「襲わないでくださいね」

「誰が襲うか。っていうか、お前がこっちの世界のこと知ってるとか、スミス神父に言われるまで知らなかったんだが」

「言ったってにわかには信じられないでしょう?」

「まあな。ただ、話が早くなるだろ?襲われそうになっても、それは人狼の本能だって理解してもらえる」


顔をしかめるりこだが、そもそも山崎が噛まれたのは自分を庇ったせいだと思い出す。

そんな恩師に頭が上がるはずもなく、りこは渋々頷いた。


「前はもっと近い距離にいたって平気だったのにな……」


どこか名残惜しげに山崎がぼやく。

その様子にりこは軽く瞠目した。

聞こえなかったふりをし、業務を再開するが内心ドキドキが止まらなかった。

あの甘ったるい言葉は一体どこから出ているのか。


「それにしても、こんなに早く順応出来るなんて思わなかった」


山崎のほうも空気を切り替え、りこと並んで今日の新聞をたたみはじめた。

作業の手を止め、りこは今更ながら納得する。


「確かに……。何かこつでもあるのですか?」

「特にない。毎日リハビリを重ねていたらわりと早く社会復帰できた」

「リハビリ?」


まだまだ知識が不足しているりこは、山崎の言葉をオウム返しにした。

何を思ったのか、図書室を内側から施錠し、山崎は声を潜めてりこに尋ねる。


「なあ、春山。お前、結局人狼についてはどこまで知ってるの?」


弾かれたように顔をあげ、りこも声を潜めて答えた。


「……幼なじみが、人狼なんです。変身してしまうタイミングとか、種付けの本能とか、生態系にまつわることなら教えてもらいました」

「なるほど。そいつ、男だろ。じゃないとさっきの俺の発言に、あんな反応取れないしな」


見抜かれている。

もともと観察力のある人だとは思っていたが、りこは改めてそう認識した。


「この町で人狼に噛まれて生き残った場合、白川町立病院の特別病棟に収容される」

白川町立病院というと、この町で一番大きな病院だ。

背後には鬱蒼とした森が広がっている。



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