ホルケウ~暗く甘い秘密~
「表向きは感染力の強い伝染病を患った患者を収容するためとあるが、その実態は半人狼になったものの社会復帰のためのリハビリセンターだ」
「知らなかった」
「今年入ってから人狼被害が増えたそうだな。急遽作られたものだと聞いた」
山崎の琥珀色の瞳から目をそらす。
束の間の沈黙。
そして、静寂が図書室に流れた。
「この学校で人狼について知っているのは、多分私と先生と、海間さんだけです」
「秘密を共有する仲間だな」
茶化すように呟く山崎だが、その目はどこか遠いところを見ていた。
ふと、りこは考えた。
(どうすれば自分の身を護れるのかしら)
誰かに自衛の手段を習うべきではないか?
運動神経には欠片も自信がないが、今この状況でそんなことを言っている場合じゃない。
海間里美にでも相談すれば、なにか得られるだろうか?
「春山」
「はい?」
「ごめん」
考え事に気を取られている隙に、山崎はりことの距離を詰めていた。
腰を抱き寄せられ、むしゃぶりつくように首筋
にキスをされる。
一瞬頭が真っ白になったりこだが、こんなときの対処法はすでに身につけていた。
山崎の爪先、それも小指辺りに狙いを定め、勢いよく踏む。
普通ならもんどり打つはずだが、山崎は少し顔をしかめただけだった。
だが、意識はりこから離れることが出来た。
「こちらこそ、ごめんなさい」
例え押し退けようとしただけでも、触ってしまったらさっきのワンアクションは無駄になってしまう。
謝りながらも器用に距離を取り、一息つけば、またなんとも言えない沈黙が二人を包んだ。
「自分の意思薄弱ぶりに嫌気がさす」
低く唸る山崎は、相当凹んでいるようだった。
実は教師としてのプライドが高い山崎にとって、教え子に手を出しかけたという事実は、どこまでも痛い。
「先生が望んでなさったことではありません。
でも、次はもう少し堪えてください」
「……ここにいるのがお前で良かった」
どういう意味か尋ねる前に、山崎はさっさと業務を再開させた。
あまりしつこく食い下がるのも嫌で、りこも何事もなかったかのように図書の整理を始めた。