ホルケウ~暗く甘い秘密~
第7章~修学旅行~
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(おかしいな、こんなとこに置いていたっけ?)
職員室で盗難事件が起きたその日、山崎は散乱した机の上を片付けながら、資料を置いた位置が微妙にずれていることに気づいた。
気のせいかもしれないが、人狼に噛まれた瞬間から非日常を生きる羽目になった山崎にとって、どんな些細な変化も見逃すのは怖い。
「手伝いますよ」
突如、背後から低く落ち着いた声が飛び込んできた。
そして白魚のような、スラリとした指があっという間に山崎の周囲のプリントを拾い始める。
シャネルのチャンスが薄く香り、山崎は一瞬体を硬くした。
同僚の、鈴木舞花(すずきまいか)だ。
「ありがとうございます」
しばらく無言で散らばったプリントを整える二人だが、山崎は内心居心地が悪かった。
新月までまだ時間はあるが、だからといって無防備な女が近くにいて平気というわけではないのだ。
「遅くなりましたが、退院おめでとうございます」
「ありがとうございます。C組のやつらは元気でしたか?」
「ええ。一部の子たちは深く沈んでいましたけど……春山さんにも、ようやく友達が出来たみたいで。私のクラスにもよく遊びに来ます」
りこの名前を聞いた瞬間、山崎の動きは止まった。
友達が出来た。そのことに深く安心し、山崎は思わず深く息を吐いた。
そんな反応の山崎に、鈴木はクスクス笑いを隠さない。
「山崎先生、春山さんのことずいぶん気にかけていましたものね」
「ええまあ……とっつきにくい奴ですから」
誰にでも平等に接するのが理想だとわかっていても、教師も人間である。
山崎は教師の理念に反するとわかっていても、りこを特に気にしていた。
「色々と不器用な奴ですから、心配していたんです。でも、もう大丈夫みたいですね」
優しげに微笑む山崎に、鈴木は唇をとがらせてぼやいた。
「山崎先生ってどこまでも生徒優先。そんなんじゃ彼女作れませんよ?」
「別にかまいませんよ。っていうか、先生が生徒を優先しなくなったらダメでしょ」
「なるほど。筋金入りの仕事バカですね。だから私からのデートの誘いも断れるんだ」
(ああ、そう来ると思った)
苦笑いが自然とこぼれるも、そんな山崎から鈴木は目を放そうとしなかった。
「俺なんか鈴木先生にはもったいないですよ。付き合ってもきっと、大事にはしません」
「でしょうね。誘って損したわ」
悪びれなくそう言い返す鈴木に、山崎は少し好感を抱いた。
この同僚はもっとしつこいと思っていた過去の自分は、かなり見る目が無い。