ホルケウ~暗く甘い秘密~
目的地に到着してから数秒も経たないうちに、政宗がひょっこりと顔を出した。
「荷物、それだけなのか?」
久しぶりに会ったというのに、挨拶もすっ飛ばして政宗はりこを家に誘った。
札幌の大学で教鞭を取っている政宗は、毎日飛行機で通勤しても風邪1つ引かないほどタフで、そして変わり者であった。
孫であるりこに対しても、教え子のように接し、程よい距離感を保とうとするような、良い意味で祖父らしくない祖父である。
「大きい荷物は先に送らせてもらったし、もともとそんなに荷物無いから」
「そうだったか?」
「そうだよ。やたらものが多いのは、お母さんだけで……」
ごく普通に話しに出したつもりだが、それでも空気は凍りついた。
そこで今さら、思い出話をするほどの余裕がなかったことに気づく。
気まずさを誤魔化そうと、この家の勝手知ったるりこは、冷蔵庫を物色し始めた。
「麦茶が入ってるよ」
棚から煎餅を出す傍らで、政宗がりこの背中に声をかけた。
「じいちゃん飲む?」
「ああ。注いでくれ」
グラスを2つ抱え、りこは政宗の真正面に座った。
こうしていると、少し疲れて見える。
葬儀の日からずっとバタバタしていたからか、まだ60そこそこのはずの宗行の瞳には、疲労の色が見てとれた。
「研究のほうはどう?」
意識的に話を逸らしたりこに気づくも、政宗は何も気づかない風を装って話しに乗った。
「うーん…………それがなかなか進まなくてね。もう半年近く行き詰まっているんだ。それでなくても今年は週4日授業があるし、あまり進まないだろうね」
自由な人間の見本標とも言えるほどバイタリティーの塊である政宗だが、それでいてなかなかに人気のある大学教授である。
研究の傍ら、大学で講義を受け持つ宗行の忙しさは、りこの想像以上だった。
「りこと過ごせるのは土日だけだな」
「そうだね。ほとんど一人暮し状態じゃん。私」
「来て早々悪いが、明日急に仕事が入ってしまってな。高校の場所はわかるな?」
「本当に忙しいね。大丈夫よ、家からまっすぐ行くだけじゃない」
祖父というよりは仲の良い同居人のような空気に、りこは落ち着きを感じつつあった。
ほんの少し心配であった政宗との生活は、どうやらうまく行きそうである。