ホルケウ~暗く甘い秘密~
(なによ、あの視線は…………)
心臓は、まだまだ暴走が止まりそうにない。
ドレッシングが陳列してある棚に両手をつき、りこは何度も深呼吸した。
(あんな風に見つめないでよ……まるで、まるで私のことを……)
その先は、頭の中ですら言うことが憚られた。
それはきっと勘違いだと、脳内のもう一人のりこが押しきったからだ。
冷静に考えれば、玲は、彼女がいないなどとは一言も言っていなかった。
りこは、ここに至って一つの可能性を思いつき、唇を噛み締めた。
(ああ、私、玲のこと意識してるんだ。だから、さっきからこんなこと考えて……)
誰かに感情を振り回されるのは、りこの苦手なものの一つだった。
しかし、それに玲が絡むと、それはいきなり甘美な鎖となった。
男女の仲とは複雑なもので、AがBを意識し始めたのが明らかになった場合、BはそれとなくAを避け始めるものである。
だがりこは、恋愛におけるその初歩的な理論すら知らなかった。
人に関しても、自分に関しても、恋愛というものに無関心だったからだ。
そんなりこだから、会計を済ませている間も、ぎこちなさを隠しきれていなかった。
「食費、あずかっといて。俺が持ってたら全部使っちゃいそうだし」
帰りは、りこは自転車に乗らなかった。
玲も、重たい荷物をかごと後ろに積み、押して歩いている。
「そうね。あんたの食欲が暴発したら、野口さんが何人いても足りないわ」
軽口を叩いて、ようやく二人の間の気まずさが薄れてきたが、それは束の間だった。
玲の通う中学校の制服を着た数人の男子が、スーパーの曲がり角でたむろしていた。
そのなかの一人は、玲を見つけるなり、顎をしゃくって仲間に知らせた。
「久しぶりだなァ、呉原。横の美人さんは、新しい彼女か?」
ニタニタと笑う様が、まるで漁色家の親父のようで、りこは寒気を覚え、思わず玲にしがみついた。
「もうその人とは寝たのか?年上みたいだけど、あっちの具合はどうよ?」
「早く帰ろう。ここは空気が汚いから」
下卑た笑みを浮かべ、野次を飛ばす少年などそこにはいないかのように、玲は華麗なスルーを決め込んだ。
「おい呉原!なに女の前だからってかっこつけてんだ!?」
無視に苛ついたのか、不良の一人が学ランの懐から、ジャックナイフを取り出した。
それを見て、さすがに相手をするしかないと踏んだのか、玲はりこに自転車を預けた。
「悪い、先行ってて。すぐに追いつくから」
まるで、野球をしていたらボールがあらぬ方向に飛んでしまったから取ってくるとでもいうような、ごく自然な笑顔で、玲はりこの背中を押した。
「え、でも」
「大丈夫、けっこう強いんだよ、俺」
押しきられるようにその場から追い出され、りこは途方に暮れた。