ホルケウ~暗く甘い秘密~
「……って、悠長に話しなんかしてる場合じゃない!」
はっと現実に戻り、りこは金切り声で叫んだ。
いきなりの大声に、弾かれたように跳び跳ねた玲を無視して、りこはスマホで時間を確かめ、瞬時に走り出した。
「遅刻するッ!またね!」
「待って!送る」
家の前に停めてあった自転車を引っ張り、玲が手招きする。
「俺が話しかけたから時間無くなったんじゃん。乗って。高校まで飛ばす」
ほんの一瞬の躊躇いを振り切り、りこは自転車の後ろに飛び乗り、玲の華奢な胴回りに腕を回した。
次の瞬間、強い風が髪を弄んだ。
咄嗟に玲にしがみつくが、その体の異常なまでの固さにギョッとした。
まるで、筋肉の塊だ。
チラリと横を見ると、凄まじい勢いで景色がすっ飛んでいく。
全身の肉という肉が揺れるような感覚に、りこは戦慄を覚えた。
(競輪の選手もびっくり……こんな棒みたいに細い体のどこに、筋肉が詰まってんのよ)
しばらく見ない間に、ずいぶんと玲はたくましくなったようだ。
外見の細さはともかく。
不意に、キィーッというブレーキの音が、りこの鼓膜を襲った。
振り落とされそうな衝撃に耐えるため、全力で玲に掴まるが、彼の方はびくともしない。
「着いた!大丈夫だよ、りこさん。まだ10分あるから」
振り向き様に、どこぞのアイドルかというほどの生き生きとした笑顔を向けられたりこだが、玲の自転車の真下にある、アスファルトにくっきりと残ったブレーキ跡を見たため、ヘラッとした力ない笑顔しか湧かない。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして。夕方に回覧板持っていくから、また話そう」
「おっけ。じゃあ、また」
ヒラリと手をふり、足早にりこは校門へ向かった。
職員室に寄らなければならないから、10分早く着いても、結構ギリギリなのだ。