ホルケウ~暗く甘い秘密~
探偵もびっくりのその観察眼に、りこは言葉をなくすほど驚いた。
(というか、男性でコンシーラーの存在を知っている人って少数派よね……山崎先生こそ何者なのよ)
そして、泣いた理由がなんだったかを思い出したその時、りこは見るからに表情を暗くした。
「コンシーラーとか、普通の男性なら知らないでしょうに」
「元カノがよくやっていたからね。喧嘩して泣いたら、たいていコンシーラーをなじませてごまかしていた」
「なるほど。ものすごく納得しました」
さて、どうするか。
アプリコットジャムが良いアクセントを効かせているザッハトルテを味わいながら、りこは悩んだ。
道中での暴露話といい、山崎はずいぶん自分を信頼しているようだ。
(少しくらいなら、愚痴こぼしてもいいよね)
視線を落とし、りこは落ち着き払った声で切り出した。
「気になっていた人に襲われて、キレて突き放しました」
文字にするとまったくなよやかではない。
それどころか男らしい。
しかし、語るりこの瞳はどこまでも暗く、虚ろだった。
「ファーストキスだったのに……。なんでいきなり、あんな」
何かに強制されているような態度。
不本意だと物語る瞳。
目を閉じればありありと思い浮かび、りこの涙腺を壊しにかかっていた。
(嫌じゃなかった。途中まで、私は抱かれてもいいと思っていた……)
玲を突き放した一番の原因が、今わかった。
それはあまりにも単純で、シンプルで、純粋な理由だった。
(私、望まれて抱かれたかったんだ……。あんな風に嫌々じゃなくて、全身で私を欲しがって欲しかったから……そうしてくれなかったから、私は玲を拒絶したんだ)
今さら理解しても遅い。
もうりこは、玲を突き放してしまった。
それに、玲がりこの気持ちを確かめずにりこを抱こうとしたのは事実だ。
口の中のチョコレートの甘さと反比例して、じんわりと広がる心の痛みは、味覚に例えたらとてつもなく苦い。
「まあ、そんなわけで落ち込んでいたんです。もう近づくなって啖呵切っちゃったわけだし、これからはもう何もないんでしょうけど」
虚空をさ迷う視線は、何かあって欲しいと雄弁に物語っているが、山崎はそれを見なかったことにした。