ホルケウ~暗く甘い秘密~
「本当に家まで送らなくていいのか?」
助手席の窓に身を乗り出して尋ねる山崎に、りこはゆるくかぶりを振った。
普通なら高校で解散するところを、わざわざ家の近くのスーパーまで送ってもらったのだ。
それでなくとも、今日は丸1日、山崎によくしてもらった。
これ以上何かを望むのは、わがままだろう。
「砂糖切らしていたので、買い物していきたかったんです。今日は本当にありがとうございました」
「おう」
言葉が少ないが、穏やかな空気が流れる。
凪いだ海のような山崎の微笑みにつられ、りこもはにかみながら微笑んだ。
なんとなく、まるでドライブデートの帰りみたいだ、などと考えてしまい、りこは急いでスーパーに入っていった。
そして予定通り買い物を終え、帰路についた時にはもう7時を過ぎていた。
(ちょっと肌寒いかも……今日の夜は冷えるってニュースでやっていたっけ)
商店街から遠ざかり、自宅に近づくにつれ、どんどん民家が減っていく。
住宅街とは言っても、りこの住んでいる地域は端のほうで、あまり家が建っていない。
そのためか、マンションや一軒家が密集している住宅街の中心地に比べると、あまり治安が良くなかった。
たまに不審者がうろついているため、今日も足早に歩道を歩く。
同じように帰宅途中なのか、向かいの曲がり角からも足音が聞こえてきた。
(近所のおばさんかな?挨拶しないと嫌味言われるんだよねー……)
違う人が現れるよう、心のなかで信じてもいない神様に必死で祈りを捧げるりこ。
しかし普段の不信心ぶりがたたったのか、苦手な隣人の代わりに、今もっとも会いたくない人物と、りこは遭遇した。
街灯に照らされた黒髪、雪のように白い肌、学ランに包まれたほっそりとした体格。
誰なのか気づいた時、りこは自分の運の悪さを呪った。
(玲…………なんでこのタイミングで帰ってきたのよ)
玲のほうも気づいたのか、どことなく歩く速度があがる。
二人の間に距離が広がり始める。
居心地の悪さに泣きたくなったりこだが、玲がいきなり足を止めた。
何かを見ているのか、立ち止まっている。
まる五秒以上そうしているものだから、さすがにりこは気になり、声をかけようと近づいた。
そして、見た。
「うそ…………なんで、ここに?」
宵闇の中、黄金色の瞳を爛々と光らせる、一匹のオオカミを。