ホルケウ~暗く甘い秘密~
振り上げていた足をおろした玲と、悶絶しているオオカミを見比べ、りこはなにがあったのか察した。
「ありがとう、助かった……」
(なにしてんだろ、私……。玲は戦えた。私が思ってるよりずっと強かった。なのに、あんなでしゃばった真似したりして)
自己嫌悪に陥ったりこだが、玲の緊張を孕んだ声が、それを打ち消す。
「まだだよ、りこさん。あと二匹いる」
その言葉通り、二匹のオオカミが雑木林から出てきた。
一匹は玲の様子を伺うように。
もう一匹は、真っ直ぐに堂々と。
気絶しているさっきのオオカミは、玲が雑木林のほうへ放り投げた。
仲間の一匹がそのオオカミの首もとをくわえ、奥に運んでいく。
残りの一匹はある一定の距離を保ちながら、玲の背後に隠れるりこを、品定めするようにじっと見ている。
「ここが限界か……」
玲の口から漏れた一人言に、りこは首を捻る。
オオカミに向かって、玲が一歩踏み出した。
オオカミのほうも、玲に狙いを定め、目を光らせながら徐々に近づいてくる。
オオカミが何の前触れもなく地面を蹴った。
黒い弾丸と化したその生き物と戦うべく、玲も地面を蹴る。
新月が夜空に顔を出したその時、歩道に玲の姿はなかった。
「え…………」
さっきまで玲がいたところには、脱ぎ捨てられた学ラン、そして衣服の中央に佇む、一匹のオオカミ。
玲は、どこにもいない。
突然の出来事に頭が働かなくなりそうだったが、二匹のオオカミの戦闘が始まり、りこはなにも考えられなくなった。
一匹が体当たりをくらわせるが、もう一匹はうまく受け身を取った。
やられたオオカミは、反撃に顎の下に潜り込み、思いっきり鼻の頭で真上に押し退ける。
よろけてもすかさず体勢をたてなおし、次の攻撃を仕掛け……二匹の戦いは熾烈だった。
しかし次第に、一匹に形勢が傾いてくる。
もつれ合いの最中にがむしゃらに前足を噛んだのが効いたようで、一匹が低く唸り声をあげ、再びもつれ合いとなる。
次の瞬間、間髪入れずに、前足を負傷したオオカミが敵のオオカミの喉笛を噛んだ。
骨が折れる不快な音と、ジワジワと広がり毛皮から滴り始めた鮮血に、りこは少しずつ敗北したオオカミの死を実感し始めた。
恐怖と吐き気がごちゃ混ぜになって襲って来るが、ふらついた足取りでこちらに向かってくるオオカミの正体を、いまやりこは察していた。