ホルケウ~暗く甘い秘密~
りこの目の前で、そのオオカミは縦にのびた。
いきなり二足歩行になり、毛皮が引っ込み、ボコボコと音をたて、骨が変形する。
文字通りあっという間に、玲はオオカミから人間に戻った。
一糸纏わぬその姿は、星空の下で神々しい輝きを放っている。
美の女神の化身かとみまごう美しい裸体だが、りこには刺激が強すぎた。
咄嗟に顔を背けて、脱げた衣服をかき集め、手渡す。
「ねえ玲、意味がわからな「りこさん」
玲の声が被り、りこは言葉を切った。
「白川カトリック教会の、スミス神父を家に呼んで……。このままだと死ぬ」
一体玲は何を言っているのか?
頭に疑問符を浮かべながら、りこは振り返り、そして驚愕に目を見開いた。
玲の左腕は、骨が剥き出しになるほど深く肉がえぐれており、とめどなく血がボタボタと漏れている。
かろうじてパンツだけ身につけたらしく、衣服を着ようにも玲はふらついている。
「病院行かなくていいのね?」
衣服をさっとたたんでスクールバッグに仕舞いこみ、りこは玲の体を支えるべく肩をかした。
こくりと頷く玲を尻目に、半ば玲を背負いながら、呉原家まで急ぎ足で歩く。
しかしことのほか、玲の体は重い。
華奢な見た目からは、羽毛のごとき軽さを想像するが、実際はまるでベンチプレスでも背負っているようだ。
家の前に着いた時には、りこも汗でびっしりだった。
玲のスクールバッグのミニポケットから鍵を漁り、差し込み、玄関に二人で倒れた時には、玲の左腕の出血がさらに酷くなっていた。
リビングのソファーまで運ぶ体力はないし、なにより玲がみるみる衰弱していっている。
りこはその場で、白川カトリック教会の電話番号を検索した。
急いで覚えたばかりの番号をプッシュし、電話をかけると、ワンコールも鳴らないうちにつながった。
(はや……まるで電話が来るのを待ってたみたい)
余計な考えを振り払い、りこは適当な言い訳をして、スミス神父を呼ぼうとした。
だが、通話の相手はりこがなにも言ってないうちから、ズバリと一言切り出した。
『玲は重症ですか?』
なぜ知っている。
わけのわからない状況に血の気が引いていくが、すでに今日1日で意味のわからない事態にたくさん直面した。
一瞬の怯みを掻き消し、りこは「はい」とだけ伝えた。