ホルケウ~暗く甘い秘密~
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「……酷いな」
苦りきった声が、つい口から零れる。
そんな湯山に同調するように、彼の同僚、田中は頷いた。
二人の視線は、湯山が手にしている調書に向けられている。
時刻はもう、真夜中を過ぎていた。
「お前が宿直入ってて良かった。しかし、こうなると生安だけじゃ事が片づかなくなる。とうとう刑事課にも波紋が広がってきたか」
自販機の前であれこれ悩んだ末、ブラックコーヒーのボタンを押した湯山に、田中は嫌そうな顔を向けた。
「冗談じゃねえぞ。オオカミ事件にばっかかまってたら、今度は暴走族やヤクザがそこに付け入ってくる。こないだだって、麻薬の密輸犯に目星ついたばっかなんだ」
「んなこと言ったってなァ」
トントンと調書を指で叩き、湯山は辛抱強く言い聞かせた。
「すでにマル害(被害者)が1人死んでるんだ。もう2人は意識不明。有原君に続いて、被害は増え続けている」
昨日未明から、オオカミに襲われたという報告が後をたたず、白川町警察署の面々は頭を悩ませていた。
1人は発見時にはすでに死亡しており、遺族はやり場の無い怒りと悲しみに苛まれている。
「今、道東で一番大きい事件は間違いなくこいつだ。早くなんとかしなきゃいけない。それは俺も認めるよ。だがなァ……」
いまだに釈然としない様子の田中に、湯山は「ここだけの話し」と声を潜めて切り出した。
「昨日、全道のハンターに町長と署長から通達があった。これから先、オオカミを一匹仕留めるごとに賞金10万円だってよ」
「嘘だろ!?太っ腹だな、ずいぶん」
「ハンターなんて、ろくに食っていける職業じゃねえだろ?もう、みんな血眼だよ」
「金に目が眩んだ人間はしぶといからな……オオカミが討伐されれば、こっちは助かるし向こうは儲かる。ハンター達に期待だな」
にわかに明るい空気になるが、別の案件が湯山の頭をよぎった。
「そういえば」
「なんだ?」
「強姦事件のほうはどうなってる?あの後、連続犯の可能性が出たから刑事課に回しただろ?マル害は犯人について、供述したか?」
最後のほうにわずかな期待を込めたものの、湯山の願い虚しく、田中はあっさりと否定した。
「収穫無しだよ。二人とも、まったく口を開かない」