ホルケウ~暗く甘い秘密~
2
仏間に安置された父の遺体の前で、海間里美は歯を食いしばっていた。
よっぽど激しくオオカミと戦ったのか、遺体の損傷が酷く、衛生面を考慮した結果、明日葬儀が執り行われることとなった。
「里美、お祖父ちゃんが話があるって」
半年後にアメリカのハンター養成スクールへの編入を控えた兄、亮平が気遣わしげに声をかけてきた。
いつもならケンカばかりし、常にどちらが優秀なハンターとなるか競っていた兄にそんな態度をとられ、里美は無性に腹が立った。
(こいつにこんな態度とられなきゃいけないなんて……。お父さん、なんで死んだの?あたしがだいっ嫌いな兄貴に弱さを隠せないでいるのは、お父さんが死んだせいなんだよ)
まだハンターになっていないのに。
まだ高校も卒業していないのに。
まだなにも、親孝行していないのに。
ふつふつと沸き上がる感情が抑えられず、さらにきつく唇を閉じ、里美は亮平についていった。
二階の祖父の自室に入るなり、里美はつっけんどんに切り出した。
「話ってなに、お祖父ちゃん」
「おい」
八つ当たりするな、と目配せする亮平を完全に無視して、里美はまっすぐ祖父に視線を向けた。
その視線を受け止め、祖父、信弘は二人を手招きする。
「座りなさい。大事な話がある。特に里美はよく聞かなきゃいけない話だ」
二人がソファーに座り、話を聞く姿勢が整ったのを見て、信弘は切り出した。
「父さんを殺したオオカミは、普通のオオカミじゃない」
「そんなの……わかってるよ!」
あっさりと理性が剥がれ落ちる里美に、亮平は怒鳴った。
「だから、八つ当たりすんな!」
「ただの獣にお父さんがやられるわけないでしょ!?あの傷見りゃわかるわ!」
そのまま怒鳴り合いが始まりそうだったため、信弘はソファーの下からあるものを取り出した。
「亮平はもうすぐアメリカへ行く。それまでの間は、里美が海間家を仕切らなきゃいかん。そしてこの町の、白川町の森の番人とならなきゃいかん」
信弘の抱えている木箱を見て、二人は怒鳴り合いピタリと止めた。
相当古いのか、今にもボロボロと崩壊しそうなその木箱を、信弘はそっと床におろした。