ホルケウ~暗く甘い秘密~
りこは玲の提案を笑顔で受け入れたが、玲のほうが動揺した様子を見せた。

まさか、こんなにあっさり承諾するとは思っていなかったのだ。

それも、悠然とした微笑みまで浮かべて。


「意外だね……バカなこと言うなって、ぶん殴られるかと思ってた」


呆然とする玲に、りこはどこか乾いた笑顔を投げかけた。


「まあ、緊急事態だもの。それに、初めての彼氏があんたなら悪くないわ」


声にも強がりが漏れはじめ、内心焦るりこだったが、玲のほうはというと、目を丸くして驚いていた。


「え、りこさん、彼氏いたことないの!?」

「世の中のみんながみんなあんたみたいに常に春を謳歌していると思うな」


絶対零度の微笑でバッサリと切り捨てるりこに、玲は反射的に頭を下げた。


「じゃあ、改めて。よろしくね、玲」


俯きながらしゃべるりこの肩が微かに震えていることに、玲は気づいた。


「ん、よろしく」


しかしそれには触れずに、玲もどこかぎこちない笑顔を浮かべた。

その日のうちに恋人条約(命名は玲)が締結され、宗行の帰宅と入れ替わりに、玲は小道を挟んで向かいにある自宅へと戻った。


「仮面カップルかぁ……酷い発想」


玲が家に入っていくを窓の外から見送りながら、りこは熱いため息をこぼした。

涙腺はまだ緩んではいない。

胸を巣食うズキズキとした痛みも、前ほど辛くは感じない。

しかし、一抹の寂しさとどうしようもない虚無感は当分消えそうになく、りこは目を伏せた。


「改めてよく見ると、えげつないわ。この誓約書も」


使い古して余白の多いノートに躍るミミズのようにうねった汚い字は、玲のものだった。

声に出して、それを読んでみる。


「その1、人狼対策の目処がつくまで、表向きでは恋人でいること。軽度のスキンシップはあり。その2、定時連絡は欠かさない。なにか異変を感じたり、奇妙なことがあったらすぐに連絡する」


定時連絡ってなんだ。もっとましな言い方は無いのか。

どこか釈然としない気持ちを抱えながら、りこはスマホの画面を眺めた。


(THE・義務って感じね。これが恋愛小説なら、偽物の恋人関係が本物に、なんて発展されていくんだろうけど……)


不意に、スマホの左上に緑の光が点滅した。

LINEの表示から、もしかして、と胸に期待が走る。

スクロールし、LINEに入ってみれば、やはり玲からのメッセージだった。
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