紫陽花と君の笑顔


 そのとき、騒がしい足音が背後で聞こえ、俺はハッと我に返った。


 凄まじい勢いで病室の扉が開かれ、足音の主である俺の母親が駆け込んできた。





 「玲太!これっ、舞桜ちゃんの左薬指に……!」





 母さんは両腕で抱え込んだ小さなそれを寄越す。


 それは、やはり綺麗に手入れされている、ゴールドの指輪。


 俺が手に持っていた指輪と同じ場所に、同じく筆記体で『MAO』と記されていた。

 並べて見ると、どうやらそれはペアリングで、彼女は俺が知らないうちにこれを購入し、死んだ時に渡すつもりだったのだろう。


 それをようやっと理解した俺は、手紙の紙もろとも、力の限り握り締めた。





 「……よ」





 「……玲太?」





 途中までの経緯を知らない母さんは、俯いた俺に不安げな声を掛ける。


 さすがに、もう堪えられなかった。





 「ふざけんなよ! 舞桜、お前はいつもそうだ! 俺に黙って勝手なことして! 俺が……俺が、それで喜ぶとでも、思っ……」





 言葉が、続かない。


 あいつに言ってやりたいことは、まだたくさんあるのに。


 ありがとうって、愛してるって、会いたいって、なにひとつ言えていないのに。


 お前ばかり言いたいこと言いやがって。


 ふざけんなよ、ふざけんな!


 ずっと我慢していた涙が溢れる。


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