僕らが大人になる理由
「あたし、名前を呼んでもらえることが、こんなに嬉しいことだなんて思わなかったです…っ」
何度謝ったって足りないかもしれないけど、あたしはここが大好きです。
「紺君、あたしっ…、あたしこんなんですが、ここで頑張りたいです。ここが好きだから、みんなが好きだから、あたしも皆に好きになってもらえるような、そんな人間にここでなりたいっ…」
「真冬」
気付くと、思ったよりずっと近くで紺君の声が聞こえた。
恐る恐る見上げると、紺君は座敷にいるあたしの目の前でかがんで、じっとあたしを見つめていた。
その瞳は、さっきみたいに冷たくはなかった。
「…ごめんなさいっ…」
あたしはその瞬間、泉が噴き出すかのように、ごめんなさいと口にした。
兄に言ったときみたいじゃなく、自然と心から発した言葉。
「真冬」
「ごめんなさい…本当に」
あたしは、おでこを畳にくっつけた。
まだここに置いて下さい。ここが好きなんです。そんな思いで。
「…だから名前の由来の時、少し様子がおかしかったんですね」
「…はい」
「…さっきのお兄さんとは、いつもあんな感じなんですか?」
「…はい」
畳に額をくっつけながら答えた。
そうだ。兄とはいつもあんな感じだ。兄の笑顔を見たのなんて、一体何年前だろうってくらい、彼の瞳は冷徹だ。
紺君はそこで少し間をあけると、
「…ここが好きですか?」
と、問いかけてきた。
あたしは、「はい」と、静かに、でも心を込めて答えた。
「…それにしても、謝ったことに謝るって、なんか変ですね」
「たしかに…」
「謝らなかったら、追い出すとこでした」
「え!」
「うそです」