僕らが大人になる理由
―――思わず顔をあげたそのとき、額に何か柔らかいものが触れた。
「え…」
目の前に、紺君の白い首元がある。
綺麗に浮き出た首筋は、鎖骨まで綺麗にラインを描いていて、黒シャツによく映えている。
紺君の香りを、こんなに近くで感じたことはない。
そこからはまるでスローモーションだった。
紺君の唇が、ゆっくりと目の前に降りてきて、ふっと離れた。
かたまっているあたしに、紺君は自分のおでこをつっついてみせた。
「おでこ、真っ赤ですよ。押しつけすぎて」
「あ、はあ…」
「じゃ、また明日」
「え」
そう言って彼はすくっと立ち上がり、出しっぱなしだった椅子を戻し、怪我をしてない方の手でドアを開け、外の階段を使い二階にのぼって行った。
あたしは、お座敷に体育座りをしたまま、裏口のドアをただただ見つめていた。
自分のおでこをそっと触ってみる。
温度もキスマークももちろん残っていない。
けれど、あれは紺君の唇だった。