僕らが大人になる理由


『はい、分かりました、紺君』


真冬の、今にも泣きだしそうな笑顔をみたら、胸が苦しくなった。

どうにかなってしまいそうなほど、胸が苦しくなった。


どうにもならないことには苦しむ必要もないと、苦しむだけ無駄だと、そう思ってずっと生きてきたのに。



「…紺ちゃん、お通しの作り置き1個足んないよ」

「え」


光流の指摘に、俺は暫しかたまった。

今までそんなミスしたことが無かったのに。

動揺したまま、小鉢にお通しを盛って光流に渡した。

今日は真冬はオフで、俺と店長と光流とあゆ姉と最近入った新人1人でまわす日。

光流は16時出勤で、俺と2人で18時オープンの準備をしていた。


「紺ちゃんらしくなーい」

「……すみません、少しぼうっとしてて…」

「………なんかあったの?」

「いえとくに」

「……あっそ」


すると、携帯がLINEのメッセージを受信した。

由梨絵からのメッセージだった。


「…由梨絵ちゃん?」

「はい」

「…返さないの?」

「……今は仕事中なので」

「まっじめー」


光流のバカにしたよな言葉を流して、俺は仕事に集中するよう、一度頭をふった。

…今は仕事のことだけを考えなくては。

ホールの準備は光流にまかせて、お通し作って、仕込みをして、予約の確認をして…。

いつも余裕でやっていたことなのに、どうしてだ。余裕が無い。

俺は、うっすらと額に汗をかいた。
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