僕らが大人になる理由


「……ねえ、紺ちゃん、由梨絵ちゃんが浮気してること、知ってるよね…?」




…時が止まった。一瞬。

1番触れて欲しくないところに、触れられてしまった。

何も言い返せずにかたまっていると、光流が軽蔑したような瞳で、でもどこか悲しげな瞳で、


「どうして…?」


と、掠れた声で問いかけた。


「どうして紺ちゃん、由梨絵ちゃんは、一体紺ちゃんの中でどんな存在なの…? どんな関係なの? 俺いつも不思議に思ってたよ。紺ちゃんは、まるで由梨絵ちゃんを守ることが、義務みたいだって」

「…………」

「俺、由梨絵ちゃんの浮気現場に一回遭遇したんだよ。色々嘘重ねて必死になって、浮気は紺ちゃんも承知だって言ってた。そんなの嘘だって分かってたけど、実際どうなの?」

「…………」

「その関係になんの意味があるの? 紺ちゃんはそれで幸せなの?」

「…………」

「答えろよ!」


光流の怒声が、夕日が差し込んでいる食堂に響いた。

俺はひたすら、自分のつま先を見つめていた。



……どうにもならないことには苦しむ必要もないと、苦しむだけ無駄だと、そう思ってずっと生きてきた。

はやく大人になれば、ならなくちゃ、そう思ってずっと生きてきた。

許されないことが増えるのが、大人になることだと、

責任をとることが、大人になることだと、

ただひたすらに拘束してきた。自分を。



それは、由梨絵の秘密を知ってしまったから。
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