僕らが大人になる理由
母が、前髪をかき上げて溜息をついた。
ずし、と胸に鉛が落ちた。
「…あなたは、本当に恵まれているのよ」
それは、諭すような優しい声ではなく、嫌味を言うかのような低い声だった。
「…普通じゃ、ありえないのよ、こんな、楽な生き方。分かってるの?」
何も言い返す言葉が無かった。
「こんなに恵まれた環境にいて、こんなにお金も何不自由なく使えて、将来も用意されて、あなたはちゃんと、それに見合った能力を、才能を、いつ私たち親に見せてくれるの?」
「……奥様、それはいくらなんでも…」
「内山さん、3階の物置き部屋掃除してきてちょうだい」
「……かしこまりました」
内山さんは私をかばおうとしてくれたけど、母の冷たい一言に、従うしかなかった。
「…バイトごっこはどうだった? まさか、少し社会を見た気になってるんじゃないでしょうね?」
「……ごっこって…さっきから言うけど…」
「ちゃんと働いてそのお金で暮らしたって言いたいのね? あのね、じゃああなたは何もその仕事でミスしなかったの?」
「したけど…」
「したわよね? でも許されたのよね? あなたの失敗の責任をとってくれる人がいるから。フォローしてくれる人がいるから。怒ってくれる人がいるから。説明してくれる人がいるから」
「………」
「いないのよ。一人なのよ。基本、働くってことは。許されることなんて、無いのよ。それも知らずに、何かを得た、なんてバカなこと思わないでちょうだいね」
…正論過ぎて、何も言葉が出てこない。
鉛が、また胸の中に、またひとつ、またひとつと落ちてくる。
…重い。とてつもなく。
頭の中が、ぐらぐらする。
自分の中で培ったわずかな自信を、すべて踏みにじられた気分だ。
“あなたはちゃんと、それに見合った能力を、才能を、いつ私たち親に見せてくれるの?”
才能?
能力?
無いよ、そんなの。
あたしに良い所なんて一つもないよ。
だって落ちこぼれだもの。
兄とは違うもの。
姉とは違うもの。
あたしだけ、何もかも劣っているもの。
あたしが、誰かに何かを与えることなんて、できないもの。
所詮、あたしは――…