僕らが大人になる理由


あたしは、深々と頭を下げて、最後に母の瞳を見つめてから、リビングを後にした。

母は、腕組みをしたまま、眉をピクリとも動かさずに、座っていた。


3階にあがると、内山さんが心配したように駆けつけてきた。

あたしは『ありがとう、大丈夫だよ』と微笑んで、自分の部屋に入った。



…自分でもびっくりしている。

あんな言葉が、出てきたことに。

あたしは、ベッドに横たわって、改めてちゃんと呼吸をした。

正直、もうなんて言ったかあまりよく覚えていない。

でも、ずっとしまってきた本音を言えた。

妙な達成感が、胸に広がっていた。



「紺君…」



紺君、あたし、ちょっと頑張ったよ?

紺君のお陰で。清水食堂の皆のお陰で。

今更、じわりと涙が出てきた。

なんの涙かは知らない。でも、止まらない。なんだか紺君に会いたい。



「真冬」



ドアの外で、母の声が聞こえた。

突然のことに、あたしは驚き思わずからだを起こした。


「…あなた、春からこの家出ていきなさい」

「……え」

「…その“評価”ってやつを、されたいのなら、あなたとのプライベートは少なくして、社員として接するしかないわ」

「……そう、思います」

「手配も何もかも全部自分でやりなさい。いいわね」

「はい」

「以上よ」

「はい」

「…あなたがさっき言ったことは全て綺麗事よ。……でも、あなたをとても狭い世界で比べていたのは、今まで気付けなかったわ…」

「え…」


それだけ言い残して、母は2階へと下った。

あたしは、暫くそのまま、動けずにかたまった。


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