僕らが大人になる理由


「真冬さん、今日も紺野さんという方がいらしていますが…」

「ごめんなさい、いないって言って…」

「承知しました」


…自室に閉じこもって1週間。

食事がのどを上手く通らない。

兄は、一昨日からボストンへ留学しに旅立った。

それだけが唯一心を安定させることができた。


あたしの部屋は、真っ白だ。

タンスもソファーもベッドも、家具のなにもかもが白だ。

そんな白い部屋で、内山さんが作ってくれた食事を、長い時間をかけてやっと食べ終える。

そんな日が続いていた。

内山さんの食事はとても美味しいはずなのに、どうしてだか全く味がしない。

生きるために食べる。ただの作業だ。



ただ唯一あたしの心を乱すのは、紺君の訪問だった。

毎日毎日、仕事前に来てくれる。

内山さんにあたしの最近の様子を聞いては、大人しく帰っていくようだ。


一体どうして…?


その優しさに、ますます胸が苦しくなる。

食事がのどを通らなくなる。



“お前みたいな落ちこぼれが、幸せになること自体気にくわねえんだよ!!”



……重い、鉛となった言葉が、ズシン、と胸に落ちる。

世界が、灰色になる。


“真冬、君がこの先一生勤めるのは、紺野君が一生恨むであろう会社なんだ”


…これからあたしが働くところは、紺君の家族を不幸にした会社。

あたしの親の会社が紺君のお父さんをクビにしなければ、紺君は本当の家族と一緒に暮らせてた…。

その光景を想像するだけで、胃がキュッと縮まった。



「真冬さん」

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