僕らが大人になる理由
番外編
その気持ちが、
『お前って本当に大人だな』
『何か欲しいって思ったことあんの?』
中学時代よく言われていたことが、たまにふと蘇る。
誰よりも冷静に、
誰よりも沈着に、
そうしないと、誰かに迷惑をかける、という漠然とした思いがいつもあったから。
大人だねって言われるたびに、嬉しい気もしたし、胸のどこかが軋む気もした。
「綺麗ですね」
「ん?」
「この新作、紺君が考えたんですよね? 店長から聞きましたよ。味はもちろんだけど、見た目もすごく綺麗ですね!」
「ありがとうございます」
真冬が新作の料理を見てにこっと笑った。
…真冬は、1人暮らしを始めるまで、この店に戻ってきた。
店長やあゆ姉、光流も、すごく喜んでいた。ただ、2階に住むことは辞めて、真冬は実家から通っているけれど。
最初来たときは鎖骨より少し下くらいだった真冬の髪が、今はおろすと肘あたりまで伸びた。
日に当たると透けるように柔らかい色の真冬の髪が、なんとなく好きだと思った。
「真冬ちゃん、社会人になってもお店に沢山遊びに来てね」
「店長、もちろんです! 店長の好きなバームクーヘンお土産に持ってきますよ!」
由梨絵のことや、真冬のお兄さん、お母さんのこと。
全てが丸く収まったわけではないし、蟠りが完全に消えることなんて、きっとないだろう。
それでも、事態は展開したことに意味があると思うし、残った傷も、頑張った証拠だと、真冬は笑った。
ただ、由梨絵ちゃんには、いつかお礼を言えるときが来たらいいなと、寂しそうにこぼした。
…由梨絵は、今受験に向けて猛勉強しているようだ。
もう、あまり連絡を取らなくなったけど、たまに俺の料理が食べたいとメールをしてくる。つい最近、定休日に由梨絵の家に帰り、夕飯を由梨絵達にふるまった。
由梨絵のお父さんもお母さんも、俺の料理をとても喜んで食べてくれるから、唯一料理が得意でよかったと、心から思った。