僕らが大人になる理由


隣の部屋は、もちろん紺野さんしかいない。

驚いて固まっていると、今度は携帯が鳴った。


「わ、もしもしっ」

「さっき言い忘れました。ここ、壁薄いんで、音漏れ気を付けてください。ノック聞こえたでしょう? 俺、電車で音楽音漏れさせてる若者とか全力で撲滅したいタイプなんで」

「…え、あ、はあ…」

「……でも、寂しくなったら、ノックくらいなら、返してあげます」

「え」

「あんまり叩いたら怒るけど。じゃ」


ブツッと再び携帯が切れた。

もしかして今、あたしを心配してくれていた…?

恐る恐る壁に手の甲を寄せてみる。

それから、少し強めにノックをしてみた。


コンコン。

…コンコン。


「っ」


…どうしてだろう。

返ってきたのは言葉じゃないのに。声が聞こえたわけでもないのに。ただの振動なのに。

どうしてこんなに泣きたくなるほど胸がドキドキするんだろう。

この壁を挟んだ向こうに、紺野さんがいる。

そう考えるだけで、切なくて苦しい。

さっきは一気に冷めた何かが、再び熱をもった。



――『まあ、よかったじゃん。傷が浅いうちで』



光流君、ごめんなさい。あたし、やっぱりもう手遅れだったみたい。

彼女がいても、諦められないみたい。


だって、紺野さんがすること全てが愛しいんだもん。ドキドキするんだもん。

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