僕らが大人になる理由
…子供の頃の記憶って、どうしてこんなにも傷つけられたことだけ鮮明に残っているのだろう。
ふとした瞬間に思い出すとか、もうそんなんじゃない。
寝てるときも食べてる時も笑ってるときも、ずっと心の中に潜んでて、ほんのちょっと引っかかれただけで、殻が壊れてしまう。
はやくあんなトラウマなんか埋めてしまいたいのに。
「お姉ちゃんー、大丈夫?」
咳き込んでふらついていたその時、40代くらいの男性4人組に声をかけられた。
気づいたら、全く知らない人のブルーシート付近にきてしまっていた。
格好はスーツだけど、酒臭いし、目がうつろだ。
バイト先で酔っ払いのかわし方はあゆ姉からきっちり教わった筈なのに、プライベートは私服なせいもあってか、少したじろいでしまった。
「えっ、ていうか君、清水食堂のバイトの子じゃない? 最近よくいるよね」
「あっ、はい」
「えーなんか初々しくて可愛いって思ってたんだー」
するっと、手首を撫でられた。
気づくと手首ごと掴まれていて、引っ張られてそのまま芝生に座り込んでしまった。
お客様だと知って一瞬安心したのがいけなかった。
同僚の人はなんだかすごく盛り上がっていて、酒臭くて、でもすごく、怖い。
手を掴んだままの彼は、そっとあたしに耳打ちした。
「2万でどう?」
「へ」
「このあと」
「ま、待ってください。あの…」
「断ったらお店の悪い噂流すよ?」
「っ」
―――どうしようもない子。
本当だ。
あたし、どうしようもない。
こうなる前に、さっさと逃げるべきだった。
……手が太ももに、触れてる。気持ち悪い。怖い。でも、声が出ないよ。
何やってんだろう、あたし。
本当に、どうしようもない、バカだ。
昔から、要領悪くて、不器用で、親に溜息ばかりつかせてた。
家出て、バイトして、恋して、だから何?
何のために、働いてるの?
あたし、浮かれてた。