僕らが大人になる理由





なんも成長してないじゃん。





「真冬」


―――突然降ってきたのは、低くて、落ち着いた、抑揚のないあの声。


「……え」

「おいで」

「こ、紺く…なんで」

「助けてあげるから、こっちおいで」

「っ…」


紺君の声を聞いた瞬間、魔法が解けたみたいに、体が動いた。

あたしは、何も考えずに、掴まれていた手首を無理矢理ほどいて、紺君の元へ行った。

紺君は、酔っ払いの男性をじっと見つめたまま、動かない。


「…うちの店員に、何したんすか」

「…なんもしてねぇよ」

「さっき触ってましたよね」

「は? だからなんもしてねぇっつってんだろ。お前の店知ってんだぞ。名誉毀損で訴えてやろうか?!」

「御勝手に」


紺君は、酔っ払いの男性が持っていたビールを奪って、男性の高級そうな腕時計の真上で逆さにした。

もちろん、高級腕時計は、ビールでびしょ濡れ。

あたしも、その男性も、紺君を見たまま固まった。


「これだけで済んで良かったと思ってくださいね。T株式会社の、鈴木さん」

「なっ…」


行こう、と言って、紺君があたしの腕を引っ張った。


…どうして。

どうして、どうして、どうして、紺君はいっつもあたしが弱ってるときに来てくれるんだろう。助けてくれるんだろう。

本当にヒーローみたいだ。

困るよ、こんなの。どんどん好きになっちゃう。好きにならない方が無理だよ。


「こ、紺君、どうして名前…」

「常連の名前くらい覚えてて当然です。酒癖悪くて、いっつも会社の愚痴ばっかり言ってましたから」

「じょ、常連さんのなのに、売り上げ…!」

「そんなのへでもないです。真冬が気にすることじゃありません」

「で、でも!」

「真冬、もうしゃべらなくていいです」


あたしの顔を一度も見ずに、腕を掴んだままどんどん進む紺君。

やっぱり、怒ってるんだ。

あたしが面倒くさいことに巻き込まれなきゃ、売り上げを落とすことにならなかった。

ごめんなさい。ごめんなさい、紺君、店長、みんな。
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