僕らが大人になる理由
「バイト? 良い身分だな、そうやって遊んでたから受験失敗したんじゃないか? 来年はどうするんだ? もちろん帰ってくるんだろう?」

「…………」

「学歴のないやつは使えモノにならんからな。まあ精々舐められないよう、ちゃんとしてくれよ」

「………はい」

「社会経験とか言って、結局男と遊んでるだけか。呆れてものも言えん」

「っ」

「そんな暇はないはずだ。遊びは終わりにして家に戻って仕事の勉強したらどうだ」



“暇”“遊び”

ああ、そうか、あたしの今頑張ってることは、この人にとって遊びや暇つぶし程度のことなんだ。

あたしは、怒るでもなく悲しむでもなく納得していた。

ああ、そうだよなあ、この人にとっては、あたしの家系にとっては、あたしが今必死になってることなんて、遊び程度のことだ。

そりゃそうだ。医大に合格して医学を学ぶか、バイトをするか、こんなこと仕事を完ぺきにできていないあたしが言える身分じゃないけど、どっちが楽かだなんて決まってる。

兄から見てあたしの現状が気に食わないのも、なめられるのも無理はない。当然のことだ。


「ごめん…なさい…」


あたしは、声にならない声を出した。

兄に届いたのかは分からない。

熱くなったアスファルトを見つめながら、あたしはまるで機械みたいに謝った。

なんで謝ったのかは分からない。




ただ、あたしの今のこの生き方が、間違っているように言われたから謝った。




「…ごめんなさい」


額に、じっとりと嫌な汗が浮かぶ。

なのに、不思議と手先は冷たい。どんどん冷えていく。

その温度差が気持ち悪くて、あたしは口を手で覆った。手で覆いながら、謝った。


「…ごめんなさい」


とても片手じゃ抑えきれない。こんな中身のない言葉。

するすると、指の間から言葉が零れ落ちていく感覚。

兄の顔が、怖くて見れない。
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