僕らが大人になる理由

「…真冬」

「は、はい」

「…どうしてあの時謝ったんですか?」

「………」

「ここで働くことは、謝るようなことなんですか?」


…怒ってる。

あたしは、紺君の瞳の奥で静かに燃える怒りを見て、脅えた。

こんな風に本気で怒る紺君を、あたしは初めて見た。

怒らせてしまったんだ、あたしが。

当たり前だ。仕事もろくにできないくせに、勝手に大学受験と天秤にかけて、挙句の果てに謝って。

店長にも、紺君にも、あゆ姉にも光流君にも、みんなに失礼なことをした。

あたしは、あの時謝った時点で、バイトを恥じています、と言ったようなものだったのだ。

無理もない。何も言い訳できない。許してもらえるかどうかもわからない。

あたしは、ロボットの瞳のように暗く冷たい紺君の瞳から目をそらした。


「…自分の力で歩こうって思ったんじゃないんですか? ここで」

「………」

「それが恥じるようなことなんですか?」

「………」

「人と比較しないと、自分のしていることの価値がわからないんですか?」


紺君の言葉一つ一つが胸に突き刺さった。

あたしは、涙を必死でこらえた。


「……こんな…」


紺君の声が、わずかにかすれた。


「こんな、説教じみた、いかにも真っ当なこと、言わせないでください…」

「っ」

「虚しくなる。全てが」


紺君の瞳は、一体どこを見つめていたのだろう。それすらも分からないくらい、暗くて冷たい瞳だった。

紺君はそう言って、すくっと立ち上がった。

手に巻いた包帯を煩わしそうにして、椅子を戻していた。

何か、何か言わなきゃ。

そう思うのに、口が動かない。
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