そのなみだが乾く頃に
「……ッ、」



私の目から、音もなく、また涙があふれてきた。

今度は拭うこともせず、嗚咽を噛み殺しながら。ただぎゅっと、ノートを握りしめる。



「………」



──トン。高嶺くんが床に足をつけたことに気付いて、ゆるゆると、顔を上げた。

彼はゆっくり私に近付いて、手にしているノートを奪う。

ばさ、と床に落としたそれを気にする素振りも見せずに、机を背にした私の両側に手をついた。

涙で濡れた視界の中、高嶺くんが、緩く笑う。



「……なぐさめてあげようか?」



耳元でささやかれたそれは、おそろしく、やさしい響きを持っていた。

緩慢な動作で彼を見上げると、そっと頬に、自分のものじゃない指先が触れる。



「哲哉のことを見つめる渡瀬のことを見つけてから、ずっと、思ってた。……こんな顔で、俺のことも見てくれたらって。俺だけに、こんな顔を見せてくれたらって」

「……たかみね、くん」



一瞬、どこか切なげに、高嶺くんは顔をゆがめて。だけどすぐにまた、その口元に弧を描いた。

すーっと、彼の手が、私の顔の輪郭をなぞる。

その深い色をたたえた瞳に、ぞくりとからだが震えた。



「……だから、なぐさめてあげる」


「渡瀬のこと、どろどろに甘やかして。もう俺のこと以外、考えられないようにして、」


「哲哉のこと、忘れさせてあげるよ」



直接、耳元から流し込まれた彼の低い声が、じわじわ、私の中で麻薬みたいに広がっていく。


──……これは、告白?


……ううん、違う。


これは、誘い、だ。
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