狼センセイと、内緒。
聖side
今日から教師生活がまた始まる。
「ふぅ…」
ネクタイをきっちり締めて、旗手が提案してくれた通り伊達メガネをかける。
「…意外といけるな」
って何考えてるんだ俺。
最初だから、俺は早めに家を出た。
俺が引っ越してきた場所は、旗手の家から意外と近い場所。
自分でもビックリだけど、意識はまったくしていない。
近くには昨日旗手と行った海がある。
俺のマンションからは見えないけど、近くに海があるのは嬉しい。
「…ちょっと寄ってくかな」
旗手と話した海へと車を走らせた。
--
海へ着いて車を降りる。
まだ冷たい潮風が身体を包んだ。
「いいな…」
俺は昔から海が好きで、よく1人で来ていた。
海を見てるといらない事を考えなくて済む。
時間も何も考えないでゆったりできる場所。
そう思っていたから好きだった。
「ふぅ……ん?」
ふと俺の視界に入ってきた人。
旗手だった。
こんな朝早く何やってんだあいつ…
旗手は沈んだ顔で海へと歩いて行く。
その面持ちは俺に危機感を感じさせた。
「……」
ジッと旗手を見ていたら、旗手が海の中へとだんだん入っていった。
な、何してるんだあいつは!!
馬鹿野郎!!
咄嗟に身体が動いた。
「旗手!!」
俺がそう叫ぶと、旗手は振り返って俺を見る。
旗手の表情は悲しみに満ちていて、今にも生気を失いそうだった。
「何してるんだ!」
「せん…せ…」
旗手はそれだけ言ってまた海の中へと入って行く。
お、おい…どうしたっていうんだよ!
昨日の旗手からは想像ができない光景。
寒いなんて関係なく、俺は旗手を助けようとジャケットを脱いで海へ入った。
「旗手!」
追いかけている最中、旗手が海の中へ消えた。
旗手…!
俺は必死に泳いで旗手を追いかける。
そして沈んでいく旗手の身体をやっと抱き上げた。
「…ぷはっ!」
海から上がって旗手の息を確認する。
「…死んでないな…」
とりあえず安心する。
旗手を急いで車へ運んだ。
なんであんなこと…
考えても結論はでなかった。
真っ青な顔をしている旗手にジャケットを被せて、ギュッと抱きしめる。
「おい…旗手…」
嫌な胸のドキドキ。
なんであんなことしたんだよ…!
今まで女に対してこんなに心配したことも、助けようと思ったこともなかった俺は、自分の行動に混乱していた。
「旗手…起きろよ…」
全然目を開けてくれない。
不安はさらに膨らむ。
「旗手…!
起きてくれよ!」
そう叫んだ時、旗手はゆっくり目を開けた。
「旗手…!?」
「せん…せ?」
旗手は俺の名前を呼んで、少し微笑んだ。
なんでこいつ笑ってるんだ!
さっきまであんな危ない状況だったのに!
「馬鹿かお前!
なんで海の中なんかに入ってんだよ!」
久しぶりに声を大きくして怒鳴った。
「へ…?
なんのことですか?」
旗手はキョトンとした顔をしてそう言った。
こいつ…覚えてないってのか?
「さっき海に入って死のうとしたろ!」
「な、なんのことですか!
冗談やめてくださいよー!」
俺から身体を離して昨日と同じ笑顔を見せる。
その笑顔はどこか嘘っぽく見えた。
それとも俺の思い違いか?
「お前なぁ…!」
「あ!学校行かないと!
それじゃあまた後で!」
「おっ、おい!旗手!」
一瞬で車を出て走り去って行った旗手。
さっきの出来事が嘘だったかのようだ。
本当に死のうとしたわけではないのかもしれない。
いや、こんな寒い中であんな苦しそうな表情をしていたんだ。
何かあったに決まってる。
なんだったんだ…まったく。
はぁとため息をして、運転席へ移動する。
あいつ…俺に素は見せていいとか言っときながら自分で見せてねぇじゃねぇか…
すごく旗手が気になる俺。
なんでここまで気になっているのかはわからない。
「…あ、やべぇ。
服着替えねぇと…」