そこから先は、甘くて妖しいでんじゃらすゾーン。【完】
もう~ユミちゃんったら、私も時間がないのに~
慌てて電話を掛け直そうとしたらスマホにラインが入ったことを知らせるメロディーが鳴った。
えっ……陸さん?
《病院を出た。寄る所があると言ったけど、予定変更。寄らずに帰る》
ひぇ~!!社長ったら、引き止めてくれなかったのー?それに真っすぐ帰って来るって……なんで予定変更するのよ~!
ユミちゃんを待ってる暇はない。今すぐここを出ないと……
取り合えず陸さんには《分かった》とラインを返し、忘れ物は無いかと部屋を確認する。
そして急いで階段を駆け下り厨房を抜け喫茶店に入った瞬間、なんだか無性に寂しくなり足が止まる。
もうここに戻って来ることはないんだ……
古びたテーブルや椅子が妙に愛おしくて、思い出が詰まったここを離れたくないと思ってしまう。
「陸さん……」
彼がいつも座っていたカウンターの椅子にソッと触れてみる。するとなんだか陸さんの温もりが伝わってくるような気がして胸がキュンとなる。
目を閉じれば楽しかった日々が思い出され、堪らず椅子を抱き締めていた。
でも、さよならしなきゃいけないんだよね……この喫茶店とも、出会った皆とも。そして、陸さんとも……
「お世話になりました。さようなら……」
扉の前に立ち深く一礼すると涙がポトリと零れ落ち床の上で弾けた。
さあ、帰ろう。ばあちゃんの待つ平島へ……
涙を拭い扉に手を伸ばす。が……
―――カチャ……カランカラン……
えっ?
私がノブを掴む前に扉が開いたんだ。一気に血の気が引いていく。
……誰?まさか陸さん?もう帰って来たの?