もっと甘く   ささやいて
夢にも思わぬ急な渡米で、逆に落ち着いていられる自分が不思議だった。

私は機内のゆったりとしたビジネスクラスのシートに深く座り、愛用のノートパソコンをパシャパシャと軽いタッチで休みなく打ち込んでいった。

書いた長編六本全てを自分で英訳したかった。

最後の六本目が間に合わず、今も打ち続けなければ気が済まなかった。

「睡眠不足は良くない。」

「わかっています。あと少しです。」

「ダメだ。機内で取り戻せるとは思えないが、着くまで少し休んだ方がいい。」

「いいえ、もう少しなのです。」

隣りで私を見守っていながらも、命令調な言い方で制す村田さんは口だけでなく、ついに手を出した。

「もうやめるんだ。」

「むぅ。」彼は私の両手首を持ち上げた。

「君は口で言ってもわからないようだな?」

「わかりました。続きはホテルでやります。」私はPCをパタンと閉じてバッグへ入れた。

「今すぐ目を閉じて寝なさい。私が見張っているからな。」

「・・・・・」私は爆睡したらしい。

村田さんに寝顔を見られて、損な気分を味わった。

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