Candy of Magic !! 【完】
Spring of First Grader !!

授業



初日の1時間目は、歴史だ。記念すべき土曜日の初授業。

授業は教室ではやらない。いわゆる移動教室で、数学、理科、歴史、家庭科はそれぞれの講義室、体育は校庭か入学式をしたあの体育館。

魔法の授業はそれ専用の建物があって、何があっても崩れないように頑丈に作られているそうだ。炎に強い館、水に強い館、風に強い館とそれぞれに特化した造りになっていて、『火館(ひかん)』、『水館(みずかん』、『風館(かぜかん)』と呼び名がある。なんか食べ物のようかんみたいだなって少し笑っちゃったのは秘密。


魔法の授業は六時間目にあるから、それまでお預けなんだよね。私はいったいどこの館に行けば良いのやら……というか、学校側は生徒の魔法の種類を把握しているのだろうか。そうやって振り分けられるということは……

私の秘密が、すでにバレているということになる。それはかなり冷や汗ものだ。



「だーかーらー……黒板見えないんだけど」



私は今、歴史講義室の真ん中より後ろらへんの席に座っている。講義室はわりと広くて、好きな場所に座れるのだ。長テーブルがずらりと並び、段があるから前の人の頭で見えないということはない。

ユラは乱視だからと一番前の席に座っていて、必死にノートに板書している背中が見える。彼女は今朝私に叩き起こされ、念願のオムレツをそれはそれは美味しそうに頬張っていた。ケチャップが口元に付くのも恐れずに。


でも、私はなかなかノートを書く手を動かせずにいた。その原因は、目の前を漂っている大きな青いゾウ。確か入学式のときもいたな。

ゾウの主は歴史のクマみたいな先生。ずんぐりむっくりで大柄で声も低くて大きい。先生の持っている白いチョークがさらに小さく見える。

どうやらあの先生はわりと厳しい先生のようで、そのおかげでゾウも落ち着きがない。というか怖い。

じーっと私の顔を目の前から覗いているのだ。長い鼻はゆらゆらと揺れていて、牙はものすごく鋭い。

円らな瞳に反して、その光は幾分鋭く感じる。野生のゾウも怖いっていうし、襲っては来ないかひやひやする。

……まあ、襲われることはないと思うけど。


でも、このゾウが見てるのは私だけじゃない。



「見えないなら、前の席に座れよ」



……なんで私の隣に座るのさ。


こいつ……夜のこともあって緊張しながら登校したにも関わらず、朝は完全に無視された。隣の席から話しかけようか迷ったけど、何言えばいいか結局迷ってわからなくって朝のホームルームはそれで終わってしまった。

それなら放課後とかでもいいか、と思った矢先にいきなり隣に座ってくる始末。少し間が開いているとはいえ、これはこれで不自然な距離だ。出会って間もない男女……

入学式してから時間も経っていないのにこの近距離。

……ユラと別れてから座ってくれて助かった。何を言われるかわかったもんじゃない。幸い私の席の列が一番黒板遠くて、後ろや横には誰もいない。

ユラには、よくそんな遠くでも見えるねーと感心された。まあ……視力はいい方ですから。



「あのセンセー絶対怒ると怖いぞ」

「私語は慎んだら」

「さっきから見えない見えない言ってるのはどこの誰だか」

「……」




こいつ……もっとクールで物静かなやつだと思ってたのに。とんだ毒舌野郎じゃないか!これじゃあ協調性の欠片もない!


私はぐーんと不機嫌のバロメーターが上昇した。おでこにぴきりとマークが浮き出てきそうなくらい……実際は出ないけどね。

そんなことはお構い無しにスラスラと鉛筆を走らせる隣の男子。そっちからは黒板が見えてるのかー……


私はブンブンと頭を振って黒板の字を見ようとするも、やはりゾウが邪魔で見えない。微妙に透けて向こう側が見えるけど字までは読めない。

……ていうか、先生も書いてばかりいないで何か話してよ。先生も大柄だから例え黒板が見える瞬間に出くわしても、ゾウの巨体と先生の背中が合わさって見事に壁になっている。

……いやはやなんとも見事な連繋プレーで。



「───おまえたちも知っている通り、昔は魔物と言って、それの姿形は教科書の挿絵のような異形なものだった───」



おおっ、黒板から手を離して話し始めたぞ。これは板書のチャンスじゃないか。

でも、その前に教科書の挿し絵をチェック。


挿し絵には黒くて禍々しい物体が荒野に佇んでいる姿が描かれていた。鳥のように翼を持っているものや、人間みたいに手足があるもの。犬のように鋭い牙と爪を持ったもの。

それらが、紫色の空の下でじっと立っていた。


魔物は昔いた異世界からの訪問者で、でもそれはかなーり昔の話。何千年も前なんだって。

詳しくはまだこれから授業で習うとして、問題はノートだよノート。全然埋められてないんだけど。先生が消しちゃう前になんとか写さなければ。



「ねえ……ちょっと退いてくれないかな。黒板が見えないんだけど」



目の前で授業を妨害している巨体に向かって小声で頼んでみた。言葉はわかってるはずだから、機嫌が良ければ退いてくれる……かもと思ったんだけどなぁ。

やっぱりダメか。こっちを凝視してるし。だから怖いってばその目。


隣じゃ彼が笑いを堪えて口に手あててるし。笑ったら承知しないんだからね!私が悪いわけじゃないし、笑われる筋合いもないんだから!

私はへそを曲げて鉛筆を机に置いた。頬杖をついてパラパラと教科書を捲る。

こうなったら、後でユラに見せてもらおう。


特にあてもなくページを捲っていると、隣からノートがスッとのびてきた。

ビックリして隣を向くと、頬杖をついて先生を見ているヤト君が見えた。私の方には見向きもしない。


……写してもいいってことかな。なんだ、良いとこあるじゃん。見直したよ。


私は遠慮がちにそのノートを引き寄せ自分のノートに写し始めた。意外と綺麗な字だ。まとめかたも上手。見やすいのなんのって。私以上……かも。

先生が喋っている間に大方写し終えた。あと少しで追い付く。

急いで鉛筆を走らせていると、彼のノートの端に小さな字で何か書かれていた。


『夜、昨日と同じ時間に屋上に来い』


私はハッとして彼を盗み見たけど、やっぱり知らんぷり。でもこのことを教えたくてノートを貸してくれたのかもしれない。

話は内容が複雑だし誰かに聞かれでもしたら問題になる。だから隠密に話をしたいのだろう。

私はその字の近くに返事を書いた。


『わかった。ノートありがとう』


思わず何回も見直してしまった。返事、これでいいかな。

なんだかこっ恥ずかしいなと感じながらノートを同じようにスッと差し出す。彼は何食わぬ顔で自分の目の前に戻した。チラッとノートを見たから、もしかしたら返事を見てくれたのかもしれない。

でも、彼は……小さく舌打ちをして消しゴムで消し始めた。ゴシゴシと紙面に擦りつけて、消しくずをパッパッと手で無情にも払った。


……はい?!酷くない?てか、酷くない?

なにその顔。いかにも嫌ですみたいな。内容か?内容がダメだったのか?何が嫌だったんだ?


私は頭の上にハテナマークを無数に浮かばせていた。その乱雑さに怒りを覚えるよりも先に疑問が走っていったからだ。なぜそんなムキになったんだろう。

あとで……機会があったら聞いてみよう。うん。



「───初日はここまでにしておく。教科書の内容が気になるだろうから、残りの時間は読んでおくように。間違っても寝るなよ」



先生はそう言うと教室から出て行った。授業はこれで終わりのようだ。講義室の時計を見ればあと10分ぐらいある。

途端に部屋の中が少し活気づいた。お喋りの話し声が聞こえてくる。初授業で皆緊張していたのだろう。




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