Candy of Magic !! 【完】



「お父さんは、知ってたの……?」

「ああ」

「いつから……うっ……」



泣いちゃいけないのに、勝手に涙が溢れてきた。裏切られた、また……それしか、今の私の頭の中にはない。何も知らされていなかったのは、私だけなの……?

孤独感に心臓をわし掴みにされていると、そっとお兄ちゃんが私の手に手を重ねた。ハッとして見上げると、お兄ちゃんもまた顔色が悪かった。いつもは振りほどいていたけど、今は素直に受け入れる。

もしかして、お兄ちゃんも知らなかったの……?



「いつから、か」



お父さんはそんな私たちに初めて目を向けた。お父さんの瞳は、僅かに潤んでいるように見えた。



「前の家に住んでいたときだ。掃除をしていたら、たまたま見つけてしまってね……」

「何を……?」

「……遺言を、ね」



その単語に絶句する。お母さんが遺言?なんで、そのときお母さんってまだ若いんじゃないの?なのに、もう遺言なんて書いていたの?

お父さんは、それも俺が燃やしてしまったが……と拳を握り締めた。きっと、お父さんもそれを目にしたとき辛かったのだろう。まだ結婚したばかりでこれからだってときなのに、そんな不吉なものを見つけてしまったんだから。



「内容は極簡潔に綴られていた」

「なんて……?」

「自分は、紫姫の末裔だと。子供が産まれて、もしその子に紫姫の力が秘められていたら黙って育ててほしいと……そのときすでに、出産は命取りだと宣告されたばかりだったからな……だが、遺言の紙に涙のしみが僅かに残っていて居たたまれなくなった。ミク、俺は今まで言えなかった、黙っていたんだ……」



お父さんは私の目の前に立つと、ぎゅっと抱き締めてきた。少しだけ震えているように感じられて、私もその広いけど小さく見える背中にそっと腕を回した。お父さんも、怖かったんだね……お母さんが居なくなって、私が成長して……お兄ちゃんも働き始めて、二人きりで生活して……

どれだけ、心細かったのだろう。



「ジャンヌさんはね……ミクの力を封印したんだ」

「封印……?」



お父さんの身体から顔を出してタク先生を見る。その面持ちはどこか躊躇っているようだった。先生の言葉にお父さんもぴくりと反応する。



「そう、ミクの力は今までになく強いものだとわかって、ミクのマナである龍に封印した。だから、君には力はないし、ましてやマナもいない。マナはどこかで眠らされているからな」

「え……」



私はまた頭の中が真っ白になった。封印……?なんで、どうして……それに、先生はすでに知っていたというの?なのに気休めに飴を私にあげて、現れるはずのない効果を私は健気に根気強く待っていた……

馬鹿馬鹿しいにもほどがある。


私は視線を宙に漂わせた。天井にぶら下がるキラキラと光るシャンデリアをそれとなく眺める。

その七色に反射するすべてのガラス玉があのカラフルな飴に見えてならない。赤、オレンジ、黄色……

先生は何を思って、あの飴を私に渡していたんだろう……


先生はその後も説明をした。他の人たちは黙って一言も言葉を発しなかった。

その私の力を封印されているマナは予想以上に危険な存在であること、目覚めれば災厄が訪れること、私の力が開花してもダメなこと、そして、その期限は間近に迫っていること……

次々と衝撃的なことが耳に飛び込んできて思わず耳を塞ぎたくなったけど、できなかった。

それは、お母さんが私に遺したことだから。責任はすべて私にある。人間の安泰は私の手に委ねられているんだ……それを、無視しちゃいけない。

無視したら、お母さんを恨むことになるから。お母さんは私の将来を思って行動しただけなんだから、お母さんに罪はない。

龍の暴走を止めるには、私がしっかりしないといけないんだ。だから、こんなことで尻込みしてたら堪えられないだろう。現実からも、私自身からも。


私は、受け止める。受け止められる。



「───あと、一分で年が明けるわ」



ふと、静かに奥様が呟いた。それで緊張の糸が切れたように、私はお父さんに寄りかかった。もう、こうやって甘えることはしない。

自分の足だけで立てないと、試練には勝てない。


壁にかけられている大きな時計を見上げる。秒針は確実に未来を刻んでいた。一分でも一秒でも経てば、そのときは過去であり今は未来となる。

そして、針が一周したとき、私の中で何かが確立した。

それは、決心。背負う覚悟を決めた。

……また、ここで年越しをするために。



「明けましておめでとう、皆さん」

「おめでとうございます」



挨拶を早々にすませ、それぞれの寝室に入る。さっき食べたチョコケーキは遠い昔に食べたような代物へと変わっていた。チョコケーキを食べる前に戻れたら、どれだけ楽だろう。チョコケーキの素晴らしさを知る前に戻れたら、私はまだ無邪気な子供でいられたのかな。

ボスッと大きなベッドに身体を預けるも、なかなか眠れないでいた。窓からは大きな月が私を覗いてくる。まるで、心配して慰めてくれているみたいだ。

その大きな月に少しでも近づきたくて、寒いけど窓を開けて手を目一杯伸ばした。月に、私の存在をもっと感じてほしくて。


遠くで獣の遠吠えが聞こえる。


それは私の部屋の中に侵入してきて、あっという間に消えた。カーテンが冷たい微風でなびく。

そろそろ眠ろうと思って閉めようと窓に手をかけると、誰かの足が目の前に現れた。そして、その人がいきなり窓から中に飛び込んで来るもんだから、慌てて窓から離れる。

ど、どうやって入って来られたの……?



「ヤト君……」

「どうせ、眠れないんだろ?」

「そ、そうだけど……って、ヤト君どうやってここまでっ……!」

「しーっ。黙れ、安眠の妨げになるだろ。ちなみに、俺の部屋はちょうどここの真上だ。そこの窓からこっちに飛び降りて来た」

「なんて無茶な……」



ヤト君はテンパる私を宥めるように、私の唇に人差し指を当てた。その顔は月明かりに照らされて優美な印象を与える。

ヤト君って、こんなに大人っぽかったっけ……



「どうして……」

「おまえの叫びが聞こえたからだ」

「叫び……?」

「おまえ、なんで泣かない?普通は夜通し泣くようなシチュエーションだろ」

「そんなこと言われても……別に悲しくないし」

「嘘だな。悲しくないわけがない」



ヤト君はここに来て初めて切なそうな顔をした。ヤト君も仕掛人だったのに、まったくそれを態度に出していなかった。だからその顔で私の身を案じてくれているのがひしひしと伝わって来る。

でも、本当に悲しくないんだ。頭の中は真っ白になっちゃったんだよ。だからね、そんな顔をヤト君がする必要はないの。



「別に、平気だよ。なんともないよ。ほら、ヤト君は戻って……」

「感情を、見失うな」

「え?」

「感情を、見失うんじゃない。戻れなくなる」

「ヤト君……?」



さっきまであった距離は、今はゼロになっていた。ヤト君が、私を正面から抱き締めてる……

最近背が伸びたヤト君。頭一個分違うその身体にすっぽりと包まれていた。カーテンが揺らめいて、私たちから月光を隠したり、気紛れに晒してみたり……


ヤト君は私の肩に顎を乗せて、私の呟きにそのまま耳元で囁いた。



「私って、怖い?」

「怖くない」

「力が強いとか言われても、わかんないよ……」

「おまえには『治癒』の力がある。その力は以前はごく少数派にも操れる者がいた。だが、少数派だったから時代と共に消えた。おまえの『治癒』は恐らく、カイルの遺伝だ。カイルも『治癒』を使えた」

「そうなの……?でも、なんで私は……」

「紫姫の末裔だからだ。紫姫は不思議な力を持つ。『治癒』だけならこんなことにはなっていない。問題なのは、おまえに秘められた力の大きさだ」

「力の大きさ……」



私が、紫姫の末裔なのがいけないんだね。ただ単に『治癒』だけだったら、私は特別な扱いを受けてたかもしれないけど、こんなことにはならなかったんだ。

不思議な力なんて、まったく感じないけど……



「紫姫の力の方にジャンヌさんは恐れを抱いたんだ。だから、封印した。幼いおまえが無意識にその力を発揮して、大惨事になる前に」

「でも、その力がなんなのか知らないよ?お母さんは知ってたのかな、だから封印したのかな」

「わからない……わからないが、おまえを思っての行動だということはわかる」



私のため、か。自分の将来よりも、我が子の将来を案じるなんて……

それを思うと、心の底からじーんとしたものが溢れてくる。今までに感じたことのない安心感。

そのじーんとしたものは、目頭を熱くさせた。



「ふぇっ……えっ……」

「泣け。泣けば楽になる」

「ふっ……うっ……」



さらにぎゅっと抱き締められて、ヤト君の体温が流れてきて……

ヤト君の少し速い鼓動を聞きながら、私はしばらく涙を流した。いつの間にか風は止んでいて、そんな私を月はずっと見守ってくれているかのように、柔らかな月光で私たちを包んでくれていた。


また、どこかで獣が鳴いた。


「俺もな、気づいたら感情を無くしていた。旦那様や奥様は優しく俺に接してくれた。もちろん、親父やお袋も兄貴と同じように育ててくれた。けど、俺は心のどこかで信用できていなかったんだ。だから甘えることもなければ、逆らうこともしなかった。本当の親じゃないことはわかっていたから、俺自信が壁を作っていた。

親父やお袋も医者として本格的に本腰を上げたときに、俺は自ら施設に入った。この家にいても誰も楽しくないと思ったんだ。俺がいてもいなくても変わらないってな……

それが間違いだったことは、施設に出発するときにわかった。奥様が涙を流して、いつでも帰っておいで、と言ってくれたんだ。そのときまで、俺の中に帰るという概念は無いに等しかった。外に出ず、部屋の中で過ごすことが多かった俺には、帰るということをする機会は滅多になかった。

それからは、俺は生まれ変わったような気がした。世界に対する価値観が変わった。施設でも俺は大人しかったが、年下には慕われるようになり、同年代や年上からは頼りにされるようになった。でも、誰もこんな俺に介入するやつはいなかった。壁が未だに抜けずに居座っていたのを感じたんだろう。

だが、そんな俺の壁をもろともせずにズカズカと足を踏み入れたやつがいた」



いつの間にか、私の涙は止まっていた。

ヤト君はいったん言葉を区切ると、身体の力を吐息と共に抜いた。ふっと拘束が緩んだのも束の間、今度は柔らかく抱き締められる。

今度は、私の心臓が軽く跳ねた。



「おまえだけだ、俺をなんとも思っていなかったのは」

「へ……」

「俺は他人から避けられる傾向がある。自分が原因だってことはわかっていたが……どうすることもできなかった」

「なんとも、思ってなかったわけじゃないんだけどね……」

「へぇ……」



笑いの混じったため息が耳にかかってくすぐったい。ヤト君の顔は見えないけど、きっと唇の端をにやっとさせてるんだろうな。

今度は私も笑みを溢す。



「意地悪なことばかり言うし、何かと変なとこ見てるし……でも、不器用な優しさもあって憎めないやつ」

「褒めてるのか貶されてんのかわかんねぇな」

「褒めてるんだよ!気が利くしさ。今だってこうやって会いに来てくれてるし」

「それは、俺が会いたかっただけのことだ。別におまえのためだけじゃねぇよ」

「……はい?」





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