Candy of Magic !! 【完】
予兆
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ヤトside
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「なんか、すっかり男の顔になっちまって。俺は寂しいよ」
「何言ってんだよ気色悪い」
「毒舌は健在なのか……」
隣でうるさい兄貴を一蹴する。
ミクが眠りについてから夜が明けた。ここは保健室でそこのベッドにミクは横たわっている。ピクリとも動かないこいつにビビるが、ちゃんと胸が上下に動いているかをついつい確かめてしまう。
いつの間にか死んでたら洒落にならねぇ。
兄貴が機転を利かせてミクの腕に点滴の針を通した。こう言うところは医者の息子なんだなと感心する。
明日か明後日……つまり今日か明日ぐらいに龍が目覚めるとミクは言っていた。それが当たるか外れるかはわからないが、タイムリミットは近づいている。
冬休みが終わるのは三日後に迫っていて、一刻の猶予はない。それ以後に目覚めてしまえば、混乱は避けられず、さらにはミクが紫姫の末裔だということがバレてしまう。
そうなれば、こいつにとっては冗談ではすまされない。居場所が無くなってしまうのも時間の問題となってしまう。
学者が血眼になって探している人物であり、生徒にとっては畏敬の存在となって……そうなればミクの生きる道は狭くなる。
まあ、俺はそれでもこいつを護る覚悟はできている……そして、殺める覚悟も。
できれば助けたい……だが、俺たちのエゴで何人もの犠牲を払いたくない。ひとりの命よりも、大勢の命の方が尊いからな。
世界は、大きい。
「しっかし、こんなにもおまえが入れ込むとはな……親父たちも思っていなかっただろうよ」
「どうだかな……」
「まあ、おまえはまだ子供なんだ。一途なのは悪いことじゃない」
「なに気取ってんだよ」
「おいおい……俺だって恋のひとつや二つは経験済みだぞ?」
「兄弟の恋バナなんて聞きたいやついねーよ恥ずかしい 」
「わー酷い。我が弟ながらなかなか辛辣でいらっしゃる」
「ふざけんな。さっさとどっか行け」
俺がしっしっと手を振れば兄貴は大袈裟にあかんべーをして出て行った。二人きりのときはとことんキャラが崩壊するからやってられない。
まあ、憎めないけどな。兄貴には色々とお世話になったし、人間不信気味だった俺にここまで気にかけてくれたのは兄貴だけだった。
まっ、この話はここまで。身の上話なんてこっぱずかしい。
暇だから相棒と猫じゃらしで遊んでいると、今度は先輩が訪問してきた。先輩はさっき兄貴が座っていた椅子に腰を下ろすと、貸せ、と言ってきたから素直に渡す。
……先輩と猫じゃらしがこんなにも似合うとは思っていなかった。
猫じゃらしをブンブンと振ってネコと戯れる姿は絵になっている。相棒も満更ではなさそうでご機嫌だ。それに少しムッとするが、こんなことで嫉妬しても仕方ない。
代わりに、慰めるように先輩の犬が俺の足元に座った。手の届くところに頭があるから撫でると、こっちも満足そうに尻尾を振っている。
動物は、単純だ。
「ミクは……まだ起きないみたいだな」
先輩は猫じゃらしを俺に返してミクを見下ろしながら言った。俺は軽く頷いて、同じようにこいつを眺める。
こんな暢気な顔で寝やがって……少しはこっちの身にもなってみろ。
「俺、決めたんだ」
「何をです?」
「教師は諦めて、家業を継ぐと」
俺は静かにそう告げた先輩を驚いて見つめた。先輩は俺の視線に気づいているだろうけど、あえて無視して笑っている。それは、ミクにも言っているように聞こえた。
「……お父さんのことですよね」
「まあな。簡単な葬式はもう済ませてしまったらしい……手紙が昨日来たんだ。そこには実際に文字では表されていなかったが、遠回しに実家に戻る気はないか、と問われていた。親父が居なくなっててんてこ舞いで、人手も技術も足りていないようなんだ」
「それでは、教師の道は諦めるんですね」
「諦めるというか、止めざるを得ないというか……やっぱり、家族は見捨てられないと思ったんだ」
「そうですか。お父さんはどんな人だったんです?」
「そうだなあ……」
先輩はうーんと少し考えた後、ハハッと笑った。それが自嘲気味の笑顔だったから俺は眉間にしわを寄せる。
何か、地雷でも踏んでしまったんだろうか。
でも、先輩はそんな俺に気にするな、と手をひらひらとさせた。その続きを待つ。
「実を言うと、あんまり関わっていなかったんだ。厳格だし人付き合いも悪いし……それこそ山に籠っている、どこかの孤高の職人のような人だった。誰にでも厳しくて、自分にも妥協しない人だったな。
褒められることもなかったな……まあ、怒鳴られたことは何度かあるが」
「ふっ……先輩が?意外ですね」
「そこ笑うところか?俺にだってやんちゃだったときはあるんだぞ」
「へええ……」
疑いの眼差しを向けると苦笑される。先輩はどちらかと言うと、怒られることはしない子供、のような印象だったがそうでもなかったらしい。
先輩はなおも苦笑しながら続ける。
「よく工房に潜入しては叱られた。危ないってな」
「そりゃそうでしょうね。火があるんですから」
「他にも金づちやら釘やら危険な物があったからな。時計を作るための精密な部品がたくさんあったから、それをぶちまけようものなら次の日は命がないだろうと本気で思ってた」
「でしょうね」
先輩の口角がだんだんと上がるもんだからついつい俺も笑ってしまう。きっと、昔を思い出しているのだろう。
先輩は実際は……と付け足す。
「夕飯抜きで収まったが」
「やっちゃったんですか!」
「ああ。小さいネジをちょこっとな。全部じゃないぞ?入ってた籠を足で蹴っ飛ばしてしまったんだ。幸い蓋が閉まっていたものの、少しだけ無くしてしまった」
先輩は肩を竦めた。それもいい思い出だ、と先輩はそれでも明るく笑って、そのまま遠い目をした。
そこに映っているものは一体なんなのか俺にはわからないが、先輩にとってはかけがえのない一コマに違いない。
俺が口を閉ざしていると、先輩が俺の肩をぽんと叩いた。隣を見れば、またミクを眺めている先輩の横顔がある。
眼鏡のフレームとちょうど被って、先輩がどんな目でこいつを見ているのかはわからなかった。
「本当に、彼女のことが好きなのか?」
「当たり前です」
先輩の今さらな質問に即答した俺。先輩は驚いたように目を見開いて振り向いたけど、すぐにふっと細められた。
ああ……確かにこれを女子が見たらイチコロだな。
先輩が告白されても蹴っていた理由は知らないが、ミクが絡んでいるのは理解している。そのミクから意識を外したんだから、この先出会いがあっても見逃すことはないだろう。
「俺は前世とかそう言うオカルトめいたものはあんまり興味ありませんが……気になるのも事実です」
「俺もな、昔の自分が誰だったかは気にならなくもないが、知ったところで俺は俺だ。それは変わらない。未練を残されて人の恋に干渉されては堪ったもんじゃなかったが……それほど深い絆で結ばれていたと思うと悪い気はしない」
「それにしても、一時期一緒にいた魂がまた同時期に現れているなんて不思議ですね」
「案外、魂は少ないのかもしれないな。カイルたちもそれぞれになる前にどこかで会っていたかもしれないし」
「なんだか、話のスケールが大きいですね」
「この世は広い。時間も長い。この世の理は絶えず流れているんだから、スケールが大きくなくてどうする」
「それもそうですね」
会話はそこで途切れ、同時にミクを見下ろした。
と、そのとき、僅かに床が揺れだした。点滴が垂れている棒を慌てて掴む。ガチャガチャと点滴が棒に当たって音を立てるが、しばらくゆらゆらと揺れた後すぐに収まった。
先輩と顔を見合わせて、はあとため息を吐く。
まだ身体が揺れている感覚がする。
「今日で二度目だな」
「そうですね……明け方に一度ありましたし」
「これは、前兆と捉えていいのかもしれない」
「それ以外ありませんよ。いきなり噴火されては困りますけど」
「それは困る」
以前、ここには火山があったらしい……噴火して地形が平らになったとはいえ、この下にはまだマグマが流れているのだ。
それが地上に噴出すれば、恐らくこの学校は崩壊してしまうだろう。
それは避けたいが……どうやら無理のようだ。余震は一回目よりも強かったから、これから回を重ねるごとに強さを増していくに違いない。
校長がいない今、どう説明してよいやら。
「ていうか、なんで校長いないんですか。物騒にもほどがありますよね?」
「孫が産まれるんだそうだ。それなのに、学校で何もせずその時を待つのは堪えられないと思ったんだろう」
「あの校長に孫……」
「あんな大きな声で赤ちゃん言葉を使うのならぜひ聞いてみたいものだ。きっと、声にびっくりして泣かれてそれに困って大声を出して……想像できてしまうのがおかしい」
「……」
冗談とも本音とも取れる言葉に困惑する。どう答えればいいかわからないが、確かにあの校長が家族の前ではどんな面をしているのか気になる。
家族という輪は、人の心を安心させる力があるんだよな。
クスクスと笑っている先輩がふと、思い付いたように俺を見た。それに首を傾げる。
「飴、おまえ持ってるか?」
「飴ですか?」
「リトとミクが舐めてたやつだ。あれは安定剤なんだろ?ミクが暴走したときにそれで対処できないだろうか」
「飴……」
兄貴が独自の製法で生み出したカラフルな飴。最近ミクはあれを食べなくなった。舐めても仕方ないと思ったからかもしれない。
確かに、あれには気持ちを抑える効力がある。けど、暴走しているミクにあげたところで食べてくれるだろうか。そもそも、効果があるとも言い切れないし……
俺が難しい顔をしていると、先輩は気にするな、と笑った。そしてそのまま立ち上がる。
「ただ言ってみただけだ。暴走を止める鍵になればと思ったが……所詮、お菓子だもんな、深く考えなくていい。俺はこれから昼食を作りに行ってくる」
「すみません」
「いや、監視役がいないといけないから、ヤトは任務を遂行しろ。あとで運んでやるから」
「ありがとうございます」
先輩はちらっとミクを見た後、犬を従えて去って行った。話し相手がいなくなり、手持ちぶさたで校庭を眺める。
花火をやったにも関わらず、その面影はどこにもない。引火しては困るから、きちんとゴミは処分した。兄貴が放った爆竹が散乱していてカチンときたから一発かましてやったけど。
花火……楽しかったな。
打ち上げ花火も圧巻で正直驚いた。腹の底に響くような重低音の後、可憐な花が咲いて儚く散っていく。
花火ほど、輝きが短い花はどこにもないだろう。
打ち上げ花火の真逆は、線香花火だな。ミクは眠ってしまったからできなかったが、あの後勿体ないからと男だけで線香花火をやった。
静かに燃える赤い雫。やがては音を立ててその存在を主張し、呆気なくぽとりと落ちてしまう。それはまた違った儚さがあって、妙にしんみりとしてしまった。
誰が一番長く留めておけるかと勝負もした。意外にも、影を潜めていたラルクがトップに踊り出て驚いた。ミクが紫姫の末裔だってことは説明してなかったけど、仲間外れは良くないし、いずれはその力を貸してもらう時が来るからと全て話した。
ラルクは顔を強張らせながらも、最後まで口を挟まずきちんと聞いてくれた。こういうやつがたくさんいれば苦労しないが、そうでないやつらには奇異の視線を送られてしまうから気の毒だ。
あいつは悪くないのに。
ラルクは話を聞いたあと、改めて頭を深々と下げた。そんなに重要な人物を危険に晒してしまって悪かった、と。
俺たちは揃って首を横に振った。