Candy of Magic !! 【完】


先輩によると、俺がぼーっとしている間にラルクは出発したらしい。ヘマを起こさないように隅々まで点検してから出て行ったそうだ。俺の気持ちを汲んでやってくれたのだろう。

ラルクが目指したのは、学校から歩いて3時間ほどの街。バイクで行ったらどれぐらい時間が掛かるかわからないが、そこは大きな街で人の出入りが盛んだから情報の伝達もやり易いらしい。ちなみに、アン先輩たちがミクのプレゼントを買ったのは、歩いて30分の街だ。


しかし、学校の周りは荒野ばかりで道が険しい。もしそこでバイクが壊れようものなら帰って来られないだろう。

そんな危険を侵してまでラルクは出発したのだから、その根性は認めてやろうと思った。性格は丸くなったが、まだあの強気な思想は残っているらしい。


そう思うと、ここが火山があったところだと頷ける。荒野ででこぼこで特に目立った地形も見当たらない。しかもここは少し地盤が低くなっている。雨が少ないのが救いだが、豪雨にあったらここは水浸しになるだろう。

夏もやけに暑かったし、火山があったのだと改めて感じられた。


ちらりと見ても、一ミリのズレもないミクの身体。微動だにせず、本当に生きているのかと本当に心配になる。

でも、兄貴が瞼を開けて瞳を見れば、どうやらミクは夢を見ているようだった。眠りが長いとは言え、浅いみたいだから頭は覚醒しているという。この状態が続けばその内疲労が溜まって、起きたときに身体がダルいと感じる可能性があるみたいだ。

その状態で魔法の力に当たれば、この身体はボロボロになってしまうだろう。限界を越えれば、意思とは関係なく死んでしまう。そうなれば災害は収まるだろうけど、俺の怒りは収まらない。

何もできなかった自分自身への怒りで。


だから、何もかもスピードが命だ。時間を掛ければ掛けるほど不利になる。

ラルクも早く着けばいいし、ミクも手遅れになる前に助ける。

まだ、何をすればいいか想像もできないけど。


太陽がオレンジ色に染まって沈みかけている頃、また余震が発生した。今度もまたさらに強くなって揺れも大きい。

点滴はもうテーブルとかで固定した。いつ余震が起こるかわからないからで、それにガチャガチャうるさいし。

しばらく体勢を低くさせて堪えていると、ふいに天井にぶら下がっていた電球が落ちてきた。

しまった!暗くなってきていたから点けてあったんだ!このままじゃミクの上に落ちる!

熱くなっている電球を咄嗟に腕で払った。一瞬魔法を使おうとして腕を伸ばしたが慌てて止めた。電球に溜まっている電気の火花に引火したら危ない。

バリーンっ!と床に叩きつけられて電球が割れる音が響いた。熱さと固さで腕が痛いが、今はそれどころじゃない。


ミクの顔が……近い。


建物が揺れているにも関わらず勢いだけで飛び出したから、危うくミクの上に倒れこむところだったのだ。片方の手を枕の横につけ、もう片方はミクの脇の間につけた。

そうなると、腕が予想以上に広がってしまい、俺の顔と寝ているミクの顔が少し動けば触れるところまで接近してしまった。


目の前にミクの睫毛が見える。


そして、唇が今にも付きそうだった。慌てて離れようとしたけど、何を思ったのか止めた。

こいつをこんなに近くで見られるのは最後かもしれない。

そんな思いが頭を過(よぎ)って、腕の動きを停止させたのだ。この顔が苦痛で歪むのは見たくない。護りたい。笑わせてやりたい。


隣で、笑っていてほしい。泣くなら、俺の隣でだけで泣け。


そんな欲望が湧いてきて俺は今度こそ身体を押し上げた。手をついたところのマットレスが凹んでいるのが生々しい。

俺……こんなに独占欲強かったか?あのままの体勢だったら、いつキスしていたかわからない。理性を保たないと。


俺は長くて深いため息を吐いた。新しい電球は危ないからいらないよな。

散らかった電球を何も考えずに素手で片付けていると、右手の人差し指の指先を破片で切ってしまった。そこから流れる赤い液体。少し深めに切ってしまったのかなかなか止まってくれなかった。

ここは保健室だということを思い出して、指先を庇いながらガーゼを探す。ある程度止まったら絆創膏を貼ろうと思ったのだ。


あらゆる棚を漁って、ガーゼを発見した。消毒をした方がいいとも思ったが、絶対に滲みるから止めた。自分にやるとなると話は別だよな……

俺はそんな情けなさに苦笑しながら、ガーゼを指先にあてる。みるみるうちに血を吸ってガーゼが赤く染まっていく。それが今回のことと連想されて急に嫌気がさした。


じわりじわりと忍び寄る恐怖。


左手で圧迫させながら、その現実から目を背けるように目を逸らした。ちょうど視線の先に、シーツがよれているのを発見した。多分、さっき俺が手をついたからだ。ミクの首の近くが少しシワが寄っている。

それがなんだか自分がいやらしいことをした証拠みたいに目に映って、右手を伸ばしてシワを伸ばした。

でも、人差し指は伸ばしていたから、僅かにミクの頬に当たってしまった。罪悪感で手を引っ込める。幸い血はそこに付いていないが、罪を犯してように心は重い。

俺、さっきから焦り過ぎだ。どうもこいつが関わると冷静さに欠ける。


痛いぐらい脈打っている心臓に手をあてた。そして服を掴む。

少し落ち着けよ俺……魔法が発動したらどうすんだ。だから、俺が昂ってどうすんだっつーの!


しかし、そこでハッと気づいた。そしてそれを見て、俺は大声で叫びたい衝動に駆られた。


ぎゅっと服を掴んだ手は右手で、あの指先の傷が……

跡形もなく消えていたのだ……



※アプリで改ページをたくさんしたのでページ数増えてます!



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