Candy of Magic !! 【完】
目覚め
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ミクside
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気づけば、どこかに座っていた。周りはすべて白。そこにぽつりと浮かんでいる。
もはや上も下もわからない。どこを見ているのかもわからない。
まるで、暗闇の中に迷い混んでしまったような感覚だ。人は、黒過ぎても白過ぎても感覚が狂うらしい。
そこに、私は座っている。
「隣、いい?」
後ろから声をかけられ、咄嗟に振り向く。そこには見知らぬ女性が立っていた。黒い髪に黒い瞳。でもその瞳には計り知れない強さがあった。
その瞳が、私を見据えている。
私は少し迷った後、こくりと首を縦に振った。女性はそれを見てにこりと笑ってありがとうと言った。
女性はふわりと私の隣に座ると、両足を投げ出して寛いだ。そして腕をうーんと伸ばすと、また私に笑いかけた。
「あなたは、何が大事?」
「大事……?」
「一番大事なもの。ものっていうか、人でもいいよ」
「……」
突然変なことを聞かれた。一番大事なものは何か。
そんなの、わかるわけない。
私が口を結んでいると、女性はため息を吐いた。
「そんなんじゃ、手遅れになっちゃうよ?」
何が手遅れだと言うのか……確かに、龍が目覚めてしまえば手遅れになる。
でも、それをどうやって阻止すればいいのかわからない。知るよしもない。
「今はね、そういうの関係ないんだ。世界の事情は後回し。ね、一番大事なものは何?家族?友達?好きな人?」
ずいっと身体を寄せられて思わず仰け反る。そんな私の行動に女性は落胆したように身を引いた。
家族は……お父さん。友達は……ユラ。好きな人は……
その時、脳裏に浮かんだ人を見て驚いた。彼が真っ先に出てくるなんて思ってなかった。
……ヤト君。
「一番大事なもの、見つかった?」
「……たぶん」
「白黒はっきりさせて欲しかったけど、まあいっか。見つかったのならもう平気だね」
「あの、あなたは誰ですか?」
思考回路が正常に回りつつある今、その疑問が真っ先に飛び込んできた。
快活そうなこの女性は、一体誰なの?
「誰か、ねえ……あなたの前世に生きた女性ってことしか言えないなあ。つまり、あなたの魂はわたしの魂でもあるんだ」
「私の前世の人……?そんな人が、どうしてこんなところに……」
「どうしてって、そりゃあ気になるからだよ。自分たちが救った世界の行く末が」
自分たち、と女性が言うと、目の前に人が続々と現れた。薄い輪郭から濃い輪郭へと徐々に現れた人々。
彼らもまた、一様に瞳に強い光を灯していた。
「じゃじゃーん!彼がわたしの旦那さん。これでも一応王様だったんだよ!」
女性がいきなり飛び付いた男性。彼は照れたように顔を驚かせた後、女性を軽く身体から離した。
女性はふて腐れたように渋々と離れる。
「ごめん、この人たち皆喋れないんだ。なんとなく察してあげてね」
女性の言葉に揃って頷く目の前の人たち。
飛び付かれた男性は綺麗な銀髪に碧眼。その隣には優しそうな金髪で緑色の瞳の男性。その隣にお兄ちゃんを彷彿とさせる黒髪赤目の男性。そして、銀髪の男性と同じようにきらびやかな衣装の黒髪赤目の男性。
ここまで目で追って、私はまさか、と愕然とする。まさかそんなはずがない……
続いて、銀髪碧眼の女性。その隣に寄り添っているのは逞しい体つきの男性。さらに、眼鏡をかけた好青年、そして終始仏教面の小柄な男性……
間違いない。最初の団体は紫姫のときの英雄だし、次のは伝説の四人だ。
じゃあ、私に話しかけた人って……
「カノンさん?」
「ピンポーン!大正解!これでわからなかったら寂しいよー」
「だって……瞳の色が……」
「それはわざとだよわざと!最初から正体バレたらつまんないじゃん」
「はあ……」
「まだ信じてないの?じゃあこれならわかる?」
カノンさんはひとりでむきになると、背中を私に向けてきた。それを目にしたら……そのまま瞬きするのも忘れて見入ってしまった。
綺麗な紫色の翼。
それが、彼女の背中でその存在を主張している。
「あなたにもあるでしょ?これは幻だから、ここには実在してない。本物はあなたが持ってる」
「翼……」
黄金の翼。それなら夢で龍からもらったものがある。
でも、出し方を知らないし、どうやって使うのかもわからない。
「でも、どうすれば……」
「何言ってるの?もうそこにあるじゃん!よーく見てよ」
え?と思って背中に手をあてれば、ふさふさとした感触。試しに摘まんでみれば、それは呆気なく抜けてしまった。
指先に、黄金の羽が輝いている。抜けてもなお輝きは劣らず、眩しくて少し目をしばしばとさせた。
カノンさんは微笑みながらその羽を私の指からひょいっと取る。
「綺麗な羽だね。これは、あなたの色だよ?私はずーっと紫だった。紫姫だからってそればっかりだったから正直うんざりしてたけど、嫌な色でもないから受け入れてたんだ。あなたは、金色!いいねー、ゴージャスだよ」
「この色に意味ってあるんでしょうか?」
「さあねえ。でも、これだけは言えるんだ」
カノンさんは羽から視線を逸らすと、後ろに控えている偉人たちを振り返った。そしてまた私を見た。
その瞳は、もう黒ではなくなっていた。
「みーんなの意志を受け継いでるってこと。こんなに立派な大人に頼られるなんて、滅多にないことだよ。だからさ、胸を張ってどーんと向き合ってね」
「何と向き合うんですか……?」
私の問いかけに、今までキラキラと輝いていた瞳に影が差した。そして、さっきよりも声色を少し低くして、これから重大なことを告げようとしているのだと、思わず身を引き締めた。
「真実と、向き合うんだよ。これはわたしたちとあいつらの因縁。切っても切れない縁。それをね、あなたに断ち切ってもらおうと思ってあなたの前に現れたんだ」
カノンさんの話の内容は、今まで聞いていた話とは真逆のことで受け入れ難かったけど、これだけは防がないといけないんだってことはわかった。
それは、魔物がまた復活しようとしてること。
魔物の残党はしぶとく今でも残っていて、力を蓄えながら眠っていたんだそうだ。でも、その正体に頭が混乱した。
魔物は形を保つことが困難になり、個体だったけどひとつに纏まったそうで、しかもその纏まったやつが私たちが恐れていた方の龍。
つまり、目覚めれば大災害が起きる方の龍だ。私が夢で会っていたのが私のマナ。
龍がたくさんいてややこしいけど、海で会ったのは私のマナで、アラン先輩たちが『決闘』をしてたときに介入してきたのが魔物。
でも、それじゃあヴィーナスの話は一体どうなってるの?
「確かに変だけど、彼らは勘違いしてるから」
「彼ら、ですか?」
「そう。フリードとかね。魔物の龍をあなたのマナだと勘違いしてる。そして、夢で会っているのは何か本人たちの特別な力で会っているのだと。だから、今まで二頭の龍に会ってるけど、同一人物……龍に人物っておかしいけど、そうだと考えてる。断じてそれは違うのに」
「そんな、神様が勘違いなんてするんですか?」
「そりゃーするよ。だって、フリードは極力この世界に関わらないようにしてたんだもん。監視してなかった期間もあってさ、そんときに魔物がひとつに纏まったってわけ。あいつらが目を盗んで合体したっていう感じでもあるけど」
「どうしてそんなことに……」
「フリードはこの世界に色々と手を出し過ぎたんだ。弄っちゃいけないかさぶたを弄るみたいに、余計なことをたくさんしちゃったのが原因。自業自得だよ。世界の自己再生能力を信用できなかったのがそもそもの間違いで、まあ、お節介をした結果が今の状態だよ。もっと人間を信用してほしいもんだね」
「だから、極力この世界とは関わらないようにしたんですね」
「そう。またいらない手を加えないようにってね。でも、そうは言ってもやっぱり何かしたくてヴィーナスを送り込んだんだろうね。まあまあ警告みたいになって悪い方向には向かわなかったけど、誤解を生む結果になってしまったんだ」
「じゃあ、倒すべき相手は変わってないけど、細かい内容は違っているんですね」
「そう!だからお願い!今回で魔物との因縁を終わりにしてほしいの!彼女と一緒に!」
カノンさんが私の両肩に手を置いて懇願すると、カノンさんの後ろで佇んでいた人たちが避けて、一頭の龍が現れた。
私の相棒で、ガラス細工のモデル。
彼女は私に呼び掛けてきた。私はそれに頷いてみせた。
『これから、あれが目覚めます。覚悟はよろしいですか?』