Candy of Magic !! 【完】
■□■□■□■□■□■□■□■□
ヤトside
■□■□■□■□■□■□■□■□
……なんてこった。
「いない……」
七時ぐらいに目を覚ました。日課になってしまっている、隣に寝てるやつの確認をしたら……
もぬけの殻だった。
「どこ行きやがった」
らしくなく独り言が多くなる。そうでもしないと焦燥で押し潰されそうだ。髪を無意識にガシガシと弄る。
靴が無くなっているからここから出たのは間違いないが、そのベッドに手のひらを添えても暖かくない。ということは出ていって時間が経っているということだ。
点滴の針も力なく垂れている。自分で抜いたのか、それとも自然と抜けてしまったのか……
俺は改めて周りを見回した。ドアも開いてないし窓もカーテンもそのままだ。もちろん窓は鍵がかかったまま。
だが、それはこう捉えるのには十分な証拠になった。
ミクの力が開花したのだ、と。
俺は短く舌打ちしてから勢いよくドアを開け放ち走った。そこで、焦る気持ちとは裏腹に冷静な自分がいるのに気づく。でもそれは不思議なことじゃない。
大事なときに、焦って何もできなかったら洒落にならない。
そうやって、何度も言い聞かせてきたからな。
誰かいないかと辺りに目を走らせながら曲がり角を曲がると、ちょうど兄貴と出くわした。危うくぶつかりそうになるが、お互いの存在を確認した直後に叫んだ。
「ヤト!聞いてくれ!」
「ミクがいなくなった!」
同時に言葉が重なり一瞬驚く。が、俺の言葉を頭で反芻したのか兄貴が間抜けな声を出してびくついた。
「いなくなった?!いつなんだ?」
「わかんねぇけど、たぶん朝」
「そうなると……そうなるわけだね」
「で、兄貴の用事はなんだよ!」
俺は外に飛び出したい一心で走って来たんだ!早く用件を言えよ!
俺は威勢よく兄貴にかみついた。兄貴はそんな俺にちょっと落ち着け、と手のひらを向ける。
「闘技場近くの山が噴火した。でもヤトの言葉を聞いて原因がわかったよ」
「じゃあこんなところで無駄話してる場合か!行くぞ!」
兄貴の横をすり抜けようとすると、腕を兄貴に引っ張られた。イラつきながら振り向くと、兄貴は真剣な表情をしていて面食らう。
「どうやって行くつもりだ」
「そんなの、なんとかなるだろ」
「それに、わからないのかい?」
「なんだよ……」
「ミクが黙って出て行ったということは、遠巻きに俺たちに配慮したっていうことだよ。巻き込まないようにひとりで向かったんだ」
「……」
「その気持ちを、裏切るのか」
そんなこと言われなくてもわかってる……つもりだ。
あいつはなんだかんだ他人のことばっかり気にしている。それは長所でもあり短所でもある。
今は……限りなく短所に近い。
俺は掴まれた腕を強引に引っこ抜いた。兄貴の拘束が無くなって腕が軽くなる。
そのまま、身体も軽くなればいいのに。そうすれば、あいつのところまでひとっ飛びで行けるのに。
属性が、風だったらよかったのに。
「なんとなく察しはついていると思うけど、俺たちの中で属性が風の人はいない。かと言ってバイクで向かうには危険すぎる。それにラルクはまだ戻って来られてないし……だから、おまえがしようとしていることは無鉄砲すぎるんだ」
「じゃあ、どうしろってんだよ!」
俺は拳を握り締めた。確かに無謀なのはわかってる。だがこのまま何もしないではいられない。
それは兄貴もわかってるはずだ。
兄貴としばらく睨み合っていると、いきなり床が揺れだし、すぐに大きな地震へと変わった。グラグラと足元が揺れるから慌てて壁に手をついてしゃがみこむ。天井の蛍光灯が落ちて来ないかヒヤヒヤするが、今は電気がついていないからいざとなれば避ければ平気だ。
兄貴は思い悩んでいるような苦悶の表情で地震をやり過ごすと、立ち上がって白衣についた埃を払った。そして、決心したように俺を見る。
「手は……なくはないんだ。でも、行きしか使えないと思う」
「あるのか?」
「まあね。俺の研究の賜物さ。でも試作品一号だから命は保証できない」
「なんでもいい!あるなら使うだけだ。今の地震かなり近いやつだろ?もしかしたらこっちに龍が近づいてんのかも知れないだろ」
兄貴はまだ迷いの色を隠せないでいたが、校庭で待ってて、食べ物も用意するから、と言い捨ててどこかへと走って行った。足音が徐々に遠ざかって行く。
俺も立ち上がって校庭へと向かった。外の様子はまだ確認できていない。
山が燃えてたりしないよな?
階段を駆け降りながらまだここまで被害が来ていないことを祈った。外は荒原で乾燥しているから、火の移りは早い。
しかも冬だからそうなれば尚更厄介だ。
校庭に足を踏み入れれば、空は綺麗に晴れ渡っていた。ここからじゃ壁があって外の様子がまるで見えない。
でも、静かだということはわかる。鳥の声も、風の音もまったくしない。物音ひとつせず、ただ聞こえるのは自分の息遣いのみ。
嫌な静けさだ。
しばらく待っていると、複数の足音が響いてきた。
「ヤト!これに乗って行け」
兄貴の声がして振り向けば、カインさんと先輩を引き連れてこっちに走って来るところだった。
兄貴はというと、何やらボードを抱えている。目を凝らせばそれの裏には車輪がついていた。
それと、排気管。
「なんだこれ」
「スケートボードだよ。地球ではスポーツとして馴染みがあったらしい。これにエンジンつけたらどうなるかなーって思って作ってみたんだ」
「ちゃんと動くのか?」
「たぶん。これは属性が火の人専用のやつだよ」
三人と向き合って、兄貴にボードの正体を聞いた。
兄貴はそれを地面に下ろすと、足を上に置いて蹴った。それはスムーズに進んでいき、やがてぴたりと止まった。
兄貴はでもまだ試作品一号だからね!と念を押してくる。
「はい、おにぎりと水だ。急いで作って少し不恰好だが我慢しなさい」
「カインさんありがとうございます」
「俺はここで待機する。まだ屋上に上っても龍は見つけられないが、次々と噴火しているのは見つけられた」
「先輩、学校のことは任せました」
「ああ。ミクのことは任せたぞ」
先輩は力強く頷いて見せると、俺の肩を叩いた。先輩も一緒に行きたいと思ってるはずだし、カインさんも絶対にそう思ってるはず。
けど俺に任せるってことは、信用してるってことだ。それを裏切る真似はできないと胆に命じる。
兄貴から使い方を教わって、ボードに乗り走らせた。今のところは問題はない。しかし、仕組みはバイクと同じだが、バランス感覚を問われるから気を抜けられないのだ。
背中で声援を受けながら、校庭を出て校門をくぐり学校から飛び出す。その瞬間、熱気や黒煙にビックリする。
周りの山のほとんどからもくもくと気味の悪い黒煙が上がり、風に乗って熱気が身体をなぞってきた。思わず顔を下に向けて袖で鼻の近くを覆う。
闘技場があるのは校門を出て左の方向で急ぎたいのは山々だけど、風が向かい風で少しキツい。
魔法で動かしてるから、長時間使えばそのうちガス欠で倒れてしまいそうだ。
そこで、風を避けようと森に入ることにした。そっちの方が道は険しいだろうが、馴れればこっちのもんだ。
方向転換して山の麓に向かう。ここら辺の山はどうやら火山ではないらしい。噴火しているのはもっと山中の方だ。
自身の運動神経も助かってだんだんと操作にも馴れてきた。このまま森に入っても大丈夫だろう。
調子に乗ってお腹がすいたから、速度を落としておにぎりを片手に進む。綺麗な三角形でどこが不恰好なんだ?と首を傾げたがそれを平らげた。
梅干しの酸味が頭を覚醒してくれる。これを見越して梅干しにしたのだとしたら、あの人はどれだけ頭の回転が早いのだろうか。
水もふらつきながら少し飲んでから、そのまま森に突入した。予想通り細い獣道があるけど重心が安定しない。大きな石には気を付けなければいけない、と兄貴に言われたばかりだ。
障害物に気配を巡らせながら用心して進む。もしかしたら地震が起こって転倒してしまうかもしれないし、とにかく気を緩めるのは禁物だ。
これは精神的にも肉体的にもキツいな。
とにかく闘技場を目指していると、川を見つけた。あれを越えなければならないのか……
降りないと渡れないのは一目瞭然だった。
俺は仕方なくボードから降りて川に足を踏み入れた。冬の水は冷たく、唇を噛み締めてその冷たさに堪える。靴にもズボンにも冷水が染み込んできてだんだんと感覚がなくなってきた。
川幅はおよそ十五メートルぐらい。そんなに長くもなく膝上ぐらいの深さしかないが、徐々に俺の体温と体力を奪っていく。
あと、五メートルほど。
あと少し、というところで足元に何かが当たった。何か、固くて長い……
下を見て、俺は身体を硬直させた。
そこには、ミクのマナであろう龍が、こんなところにも関わらず俺を見上げていたのだ。意思の読めない瞳がぎろりと俺を見つめる。
龍ってもっと大きいんじゃないのか?!と内心パニックに陥っていたが、龍は呆気なく俺から視線をそらし川を遡上し始めた。
ほっと肩から力を抜いていると、今度は目の前に相棒が現れた。今まで姿を見せなかったネコ。
相棒は俺を振り返りながら龍の後を追うように飛んで行ってしまった。まさか、マナが主から解放されたっていうのか?
俺は慌てて川から上がってボードに乗った。しかし、問題なく正常に動く。
……どうなってるんだ。ヴィーナスの話の通りになってない。本当なら俺は力を使えなくなっているかもしれないのに。それに、なぜ龍は現れたんだ?
俺は聞きたいことがたくさんあったが、相棒を信じることにした。龍がいたということは、ミクが近くにいるということ。
そして、龍が向かう先にそいつがいるのだとその時の俺は確信していた。
「待ってろ……」
俺は、ポケットに忍ばせたあるもののことを思った。ポケットにはキーアイテムが二つある。
それは、兄貴の飴と、拳銃だ。