Candy of Magic !! 【完】
魔物
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ミクside
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『ここを真っ直ぐ行ったところに、魔物はいます』
「オッケー!絶対に倒して皆のところに帰ろうね」
保健室から出た先は闘技場。瞬間移動したときの気持ち悪さは説明できない程酷かったなあ。
内臓がいきなりふわっと無重力に放り出されたような、うえっと吐きたくなるような感覚のすぐ後に、今度は足元から引き摺り込まれるような、胃袋が飛び出るんじゃないかっていうぐらいの嗚咽感。
マナの龍は慣れれば大丈夫になるって言ってたけど、馴れたいような、馴れたくないような……
あ、そうそう。動物と話せるようになったんだ。紫姫も話せたみたいだからおかしくはないんだろうけど……
やっぱり、世界の見方が変わるね。
魔物が解放されたことで、山が悲鳴を上げてるのがわかるんだ。木や鳥、雑草の悲鳴も聞こえてくる。
本当は意思を通わそうとするときだけ聞こえてくるみたいなんだけど、文字通り無差別に悲しく鳴いてるからこっちにまで届いちゃうんだ。
悲痛な声を、今も辺りに響かせている。
『ここからはあなたの翼の出番です』
「飛び方わからないけど……」
『望めば、飛べます』
んな無責任な、と隣で悠々の浮いているマナを見た。もう姿を隠す必要がなくなったから、こうやって目の前で姿を確認することができる。
なぜ極力現れないようにしていたかというと、魔物の封印を少しでも長引かせるためなんだって。気配を察知されればたちまち魔物は目覚めちゃうからって。
あと、ひとつ疑問だったから聞いてみたんだけどさ、結局お母さんが封印した意味ってあったのかっていうこと。
いろいろ誤解が交錯して矛盾が生まれてるけども、話をいろいろと聞いてみたのを整理するとこうなる。
私の力が強いのを知ったお母さんは、まだこの地に潜んでいる魔物が私の力を吸収するのを恐れた。そもそも、お母さんは魔物がいることを知っていた。
そして、フリードはその事に気づいていなかったし、ましてや魔物がまだいたことに気づいていなかった。ヴィーナスも、フリードに命じられたときしかこの世界を見ていなかったから見落としていた。
お母さんが封印したのは私のマナで間違いない。でも、お母さんは同時に魔物の封印も行った。そのことはスリザーク家には隠した。
なぜなら、混乱を避けるためであり、私の自由を奪わないため。もし教えていたら、私は学校……ましてや外の世界なんて知らなかったかもしれない。
封印された魔物は眠りにつき、マナも眠りについた。でも、マナの方は一足早く目覚めた。私がお母さんの思っていたよりも強い力を秘めていて、マナの育った力を抑える効果が切れてしまったのだ。
晴れて自由の身となったマナ。でもむやみに行動すれば魔物が目覚めてしまうし、まだ私も子供だったから、タイミングを待つことにした。
そして、学校に私が入学。私は少しずつ魔法についてを意識するようになっていった。なぜ自分は扱えないのか、と……
マナについても知ったとき、龍はそろそろいい頃だろうと行動に移した。魔物に気づかれないように、かつ導くように。
魔物を倒すには、魔物が目覚める前に私の力を開花させる必要があった。だから、魔物から近づきすぎず、遠すぎないスレスレの意味深な行動を取ったのだ。
遅すぎるとこのまま魔物が眠ったままでその力はどんどん増幅されるし、かといって早すぎても私の力はまだ弱いし。
ということで、マナはかなり頭を悩ませながら次の一手を考えていたそうだ。そうなると、マナの手のひらの上で私たちはまんまと見事に転がされていたわけだけど、仕方のないことだったんだと割りきった。むしろ感謝している。
ここまで問題なく行動できたのは、マナのおかげなのだ、と。
『そうそう、その調子です』
「気持ちいいけど、寒い……それに目が乾く」
『愚痴を言っている場合ではありませんよ。もっと目を見開かないと魔物をいち早く発見できません』
「だから、乾くんだってば……」
黄金の翼で最初はふらつきながらも、馴れてきたからスピードを上げて飛んでいる。噴火した山の方に飛びながらも、神経を張りつめて魔物がどこに潜んでいるのか探した。
魔物は影を好むから、陽が当たるところには滅多に姿を現さない。
ひたすら影という影に目を向けていると、白い花畑を見つけた。そこがどうも気になったからいったん降りてみることにした。
降りてみて驚いた。白い花の正体は死者への贈り物として使われる花で、それが無数に群生してるんだもん。火山も近くにないし、ここだけ時間が止まったように穏やかな空間を作り出しているようだった。
『……来ます』
「え……?!」
白い花畑は一変して、黒い花畑へと染まった。
正確には、日光が遮られてここだけにすっぽりと大きな影に覆われてしまったのだ。上を見上げれば、大きくて、何かが渦巻いているような……
暗黒の龍。
長い巨体に大きな爪や牙。そいつは地上には降りずに空中に浮いている。赤い目がこちらをぎろりと睨んでいて、全身が金縛りにあったように動けなくなってしまった。
それはマナも同じようで、苦しげに目を瞑っている。
「どうしよ……」
『完全に、邪気にあてられましたね』
「ど、ど、ど、どうしよ……」
『それは私にもわかりません。あなたがどうにかするべきです』
えええ~!と抗議の声を上げる。目の前の黒い龍といい隣の青い龍といいどうすればいいわけ?
赤い目玉に怖じ気づいていると、だんだんとその思考が頭に流れてきた。
「うっ……」
その思考は……凄まじかった。
怒り。
憎しみ。
悲しみ。
恨み。
それが様々な人の声となって、頭の中に雷鳴を轟かせる。頭がおかしくなりそうだ。
助けて助けてまだ生きた死ねばいいのにあんなやつ殺せ!死にたくなこれが戦争なんだ俺は悪くない!この子だけは助け俺が殺したんだ苦しいよあいつが悪い殺せ死にたくないよ!まだ子供なの殺せ離せ殺したくない殺れ!
殺れ!という言葉にビクッと身体が跳ねた。誰の言葉?何人が喋っているの?いったい何の話?
老若男女問わず悲鳴や罵声が響き渡る。
むあっと香る鉄臭い匂い。生暖かい空気。重苦しい曇天の空。足場の悪い戦場……
コツンと爪先に当たったものは……
白骨化した、頭蓋骨。
「うあああ……あああ……」
そうか、戦争だ。戦争で散っていった人々の悲しみや苦しみや憎しみ。
勝手に、涙が溢れて来る。でも、その涙を拭うことさえ許されない……
確か、魔物ってそういう類いの感情に引き寄せられるって聞いた。その感情をパワーに変えてるって。
あの赤い瞳は、人々が流した血の色。
今でこそ平和な世の中だけど、戦争をしていた時期もあった。そのときの激情は魔物に吸われ、今もこうして根強く残ってしまっている。
人間から負の感情が一切無くなるということはあり得ない。だから魔物も根強く生き残ってしまっているのだ。
もはや生き物ではない魔物。その魔物は今、人々の負の感情を取り込み、押さえられなくなっている。膨大な程の邪気は、その身をも蝕んでいく。
魔物はただ佇んで、私を見つめていた。襲ってこないのは不思議だけど、魔物にも感情があるみたいなのだ。
消えるのは嫌だけど、消えたい。消してくれる人をずっと待っていた。もう、消えたい。
人を殺そうとする人には、たまにこんな人がいる。
殺そうとすれば、相手も自分を殺そうとする。それで死のうと思った。
そういう心理を、この悲しみに満ちた龍から感じた。
「ねえ、私って許容力あるかな?」
『何の話ですか……?』
「私には治癒の力がある。だから、魔物の邪気を浄化することができるかなって思って」
『止めてください!そんなことをすればあなたの身がどうなってしまうのかわかりません!死ぬかもしれないんですよ!』
「わかってるよ……でも、魔物の方がもっと苦しそうなんだもん。死んでいった人たちの悲しみを全部吸って、魔物はもう消えたいんだって言ってる……」
『そんなのわかりませんよ!わざとそういう風に感情を流しているのかもしれません!』
「そう思う?でもさ、あの目を見てご覧よ。怒り狂ってる目なんてしてないよ。今にも泣き出しそうな目をしてる」
まだマナが何か言ってるけど、私の決意は硬い。私で良ければ、喜んであなたたちを消してあげる。
例え、この身もろとも滅びようとしても後悔はないよ。この世界を護ることは義務なんだから。
生き物たちの声を聞いて、自分を犠牲にしないでこれから生きることなんて許されないと実感したんだから。この世界は私たち人間だけのものじゃない、皆のものなんだ。
植物も、動物も、人間も、皆ここで生きている。
その美しい営みを護るのが、私に課せられた使命。偉人たちから受け継いだ最後の使命なんだから、私が出し惜しみしてたら意味ないじゃん?
「さあ、おいで……」
『だめーっ!!!』
龍の口が大きく開き、頭上から降り注ぐ。その喉の奥からはさらにたくさんの悲痛な声が聞こえてきた。私は、この声をすべて笑い声に変えなければならない。
笑っていてほしい。過去を生きた人も、今を生きる人も、未来を生きる人も。
たぶん、これからも憎しみや悲しみは消えないと思う。でも、こんな禍々しいものは二度と生まれなくなる。こんな泣きたくなるような悲しいことは、二度と起こらなくなる。
戦争だって、無くなったんだから。
今もどこかで火山が噴火しているかもしれない。それによって生き物たちが死んでいる……魔物が全て悪いわけじゃない。人間が賢すぎたのがそもそもの原因だ。多種多様な人間が生まれ、多種多様な感情や性格が生まれ、思想の違いに頭を悩ませ……苦しんで。
それでも、人間は生きている。
目の前に迫る鋭い牙……黒く反射する鱗……そして、悲しく光る赤い瞳。
「さあ……」
私は、あなたたちを救ってあげたいんだ。