Candy of Magic !! 【完】
Candy of Magic !! ~魔法の飴~
それからの私はたいへんだったらしい。
保健室に運ばれてから数日後に目覚めたんだけど、様子が尋常じゃないくらい可笑しかったんだって。
ある日は子供を失った母親、また別の日は敵を殺した兵士……と、毎日私は変身していたようだ。
つまり、魔物が取り込んだ魂を浄化する過程の中で、その感情を自分の心に反映させてしまっていたようだ。
子供を失った母親を演じていた私は、いつまでも保健室の中を漁り回って滅茶苦茶にしたし、敵を殺した兵士はヤト君に掴みかかった。
私の身体は私の知らない内に勝手に暴れ回っていたそうで、念のため鍵という鍵はすべて閉め、ヤト君やアラン先輩が代わる代わる様子を見に来てくれたそうだ。
子供がいないと泣き叫ぶ母親(私)を宥め、襲って来る兵士(私)の身体をベッドに押さえ込んで……
でも、一日だけ、私には記憶が残っている。
それは、私の自我がその日は戻っていて、ちょうどヤト君がうつらうつらと隣のベッドに座って首を動かしているときだった。
私はぼんやりと彼を眺めていたけど、ふと思い出して彼の肩を叩いた。
彼はすぐにパチッと目を覚ますと、私を睨み付けるようにして見上げた。たぶん、これまでの私の言動に心底参っていたのだろう、何をされるかわからない、といった風に警戒心を醸し出していた。
でもそのときの私はそんなことにはお構い無し、というか意味がわからない、といったようにあっけらかんと挨拶したんだ。
「ヤト君おはよう。今何日?学校が始まるまでどれぐらいかな?」
課題はすでにやってあるから大丈夫、とそのときの私はそう思ってヤト君に問いかけた。
彼はかなり驚いたように目を見開くと、いきなり立ち上がって目の前にいる私を抱き締めた。
そして、掠れた声で何度も呟いたのだ。
「よかった……よかった……」
私は驚いたけど、その温かさに身を委ねた。久し振りのようなこのくすぐったい感覚。
大きな背中に腕を回して、しばらくひしと抱き締め合っていた。
でも、質問に答えてもらわないと、と少し間を開ける。
「ねえ、学校まであと何日なの?」
「……三日だ」
「三日かあ……三日経てばまた皆に会えるんだね」
「そうだ」
「あのねヤト君。バニラだよね」
「は?」
「ヤト君の味」
ヤト君は私の言葉にあからさまに変な顔をした。
私は忘れちゃったの?と苦笑いを漏らす。でもよくよく思い返してみたら少し言葉が足りなかったかも、と思って言い直した。
「学園祭のとき、ヤト君とソウル君がアイス食べたって言ってたじゃん。それでさ、ヤト君は何味を食べたかって聞いてきたじゃない。それに、当たったらご褒美をあげるって」
「あ、ああ……そんなこと言ったな」
「ね、当たった?」
「……まあ、当たりだな」
「やったね!でさ、ご褒美って何?」
私はウキウキとした気持ちでヤト君を見つめた。ヤト君はそんな私にしかめっ面をした。
ずっと黙っているものだから、私は膨れっ面で抗議する。
「まさか、考えてなかったとか?」
「だったら何?」
「うわー開き直ったよ。ご褒美ないの?あるの?」
「……ある」
「ホント?なになに?」
「目、閉じてろ」
「なんか怖いなあ」
「いいから閉じてろバカ」
「うわっ!」
ヤト君は少し顔を赤らめると、私の両目を手のひらで隠してしまった。突然なことで私は身体を引いたけど、いつの間にか腰に回されていた彼の腕に邪魔された。
背中をのけ反らせても自由になれず、そろそろ諦めかけていたときに彼はこう言ったんだ。
「おまえは、俺が好きか?」
「す、好き?!どういう意味で?」
「おまえが思っている通りのことだ」
「ええええ?!」
「うるさい」
ヤト君が探るような口調でいきなり変なことを聞いてきたものだから、私はすっとんきょうな声を上げてしまった。ヤト君は不機嫌な声で私に、アホ、と付け加えて言ってきた。
バカだのアホだのいきなりなんだというのだ。
「じゃあ、嫌い」
「じゃあってなんだよ、じゃあって」
「だって、意地悪だし何考えてるかよくわからないし、優しいんだかそうじゃないんだかもわからないし」
「もちろん優しいだろ」
「自分で言わないでしょそれ」
「俺が優しくするのは、相手も優しくしてくれるからだ」
「相手もって……私も?」
「さあ」
「さあって……」
少しヤト君に苛立っていた私だけど、やる気のない返事に出鼻をくじかれた。なんか、戦意喪失。真面目に相手をしない方がいいのかもしれない。
私もほぼ自棄っぱちに言葉を吐き出した。
「好き……かもしれない。いつもいつも肝心なときに頭の片隅にヤト君がいて、気になって気になって仕方なくなっちゃう。今どこにいて何をしているのか、どんなことを思ってるのか……わからないからこそ、知りたいと思ってる自分がいるんだよね」
「それは俺も同じだ。バカなことをしてないかアホみたいなことを言ってないか気になって、ついつい目でおまえを追ってしまう自分がいる」
「……それ複雑なんですけど」
「あのな、俺は男でおまえは女だ。この状況がおかしくないのか?そろそろ自分の気持ちに気づけよ」
「自分の気持ち……?」
「しらばっくれんな。おまえはすでに知っているはずだぞ」
まだ離してくれない手のひらが少し熱くなった気がした。
手のひらというより、瞼の裏が。
「……なんで泣くんだよ」
「だって……」
無意識に流れる涙。鼻水が流れないようにずずずっと啜る。
涙の理由は、わかってる。
ヤト君が、ここにいることに改めて安心したからだ。