Candy of Magic !! 【完】
「わーい!仲間増えたね」
「そりゃ入らないと絶対損だし」
「そうか、君も飴を貰ったのか。僕も前は貰っていたんだ」
「何が問題だったんですか?」
「……俗に言う不良ってやつ」
「えっ」
「リトはな、昔はめっちゃトゲトゲしててさー。チサトちゃん以上にね」
「私は不良ではありません」
「でもトゲトゲしてるじゃん」
「……反論する気も失せますね」
またまた漫才の始まり始まりー……で、今どこにいるのかと言うと生徒会室。
加入するっていう表明の書類を出しに行ったところだ。すると、先輩たちは温かく出迎えてくれた。でも会長であるアラン先輩の姿が見当たらない。
「アラン先輩は?」
「先輩なら部活やってる」
「そうそう、アランはねーガラス細工愛好会に入ってるんだ」
「兼部みたいなことができるんですね」
「まあ、実質生徒会って言ってもやることないときはとことん暇だし」
「皆さんも入ってるんですか?」
「もっちろーん!あたしはねー、陸上部ー」
「私は写真部に入ってるわ。新聞作るときに役に立つし」
「僕はバスケ部だよっ!」
「僕も同じくバスケ部」
「でもなんでここにいるんですか?」
「そりゃーお出迎えしなきゃしまらないでしょ」
「なんか申し訳ないです」
そう言うと、全然とばかりににこりとソラ先輩に笑みを向けられた。屈託のない笑顔とはこのことを指すんだろう。
「僕たちのメインはあくまでも生徒会。生徒会メンバーの方が大事だしね」
「同じ境遇を持った人といた方が楽だ。かと言って友達がいないわけでもない……僕は、友達は友達、生徒会メンバーは仲間だと思ってる」
「仲間……」
「だから、友達も大事にしなさい」
チサト先輩にそう締め括られて真っ先に思い立ったのはユラという存在。あの無邪気な女の子はきっともっと明るいところで輝いている人と付き合うのがいいんだと思う。
でも、こんな私と付き合ってくれるのならその想いは無下にはできないし、感謝しなければ。
……毎日、起こしに行ってあげよう。
「でも、ガラス細工って凄いですね。教えられる先生がいるってことですもんね」
「いや、先生はアランだよ」
「アラン先輩が先生なんですか?」
「そう。ホント凄いよねー自分で愛好会作っちゃうんだもん。実家が時計を作ってて針を守るのにガラスの蓋が必要とかなんとかで手伝ってたら……今に至る、みたいな」
「でも人を選んでますよねアラン先生……は」
「属性関係なし、男女も関係なし、とにかく規則とかはないんだけどね」
「向き不向きが一瞬でわかるんですよねあの先輩」
口々にそう言ってはうんうんと頷く先輩たち。どうやらアラン先輩は部活に入れる人を選んでいるらしく、それは仮入部期間……つまり今の時期に新入生が訪ねて来て試しにガラス細工を作ってみてからだそう。
でもガラス細工は難しいし危ないから、向き不向きをその段階で判断してあげるんだって。怪我をしてしまう前に……
だから、先輩に認められた、つまりお許しをもらえた人は一目置かれるとか。
「……行ってみようかな」
「認めてもらいたいの?」
「そう言うわけじゃないんですけど……ガラスとかってキラキラしてて見てても飽きないっていうか……」
「確かに。透明だからきれいだよね」
「どこでやってますか」
「じゃあ私が案内するから、先輩方は部活に行ってください」
「わかった。チサトちゃんなら安心だね。じゃあまたね」
「はい。ありがとうございました」
各自が部活に行った後、私はチサト先輩と並んで歩く。生徒会室は一階にあって、どうやらアラン先輩がいるのは二階。
階段を上がって目的地付近に着いた。その教室はちょうど生徒会室の真上みたいで、ここなら先輩に用があっても迷わないな、と思った。
「私も部活あるからこれで失礼するわね」
「チサト先輩もありがとうございました」
「入れるといいわね」
「はい」
チサト先輩が去って行き、改めてアラン先輩がいるであろう教室を眺める。私はまだ廊下にいて中が見えないところに立っている。
ドアは開けっ放しで、しーんと静まりかえっていた。
……入りづらっ。人の声も聞こえないしとにかく緊張するわ。
私がおろおろと狼狽えていると、教室からタタタッ……と青い犬が飛び出して来た。それは紛れもなくアラン先輩の犬で、オオカミに似ていて少しおっかないけど意外にもおとなしいみたい。
私の目の前で座ると、スッと見上げてきた。そして立ち上がって教室の前に座るとまた私を見てきた。どうやら誘っているらしく、何をそこでもたもたとしているんだ、とでも言いたいのだろう。
私は勇気を出して足を進める。足音が妙に響いて息苦しい。心臓の音が聞こえていやしないかとびくびくする。
……あの犬には絶対に聞こえてるな。
ひょいっとドアから顔を覗かせると、そこには誰もいなかった。げんなりと肩を落とす。
どうりで物音ひとつしないわけだ。
肩透かしをくらったような気分で教室の中に入る。そこには火の焚かれた釜が数個。よくこんなに重いものがあって床が抜けないな、と変なところで感心する。
木製の長テーブル、椅子、バケツに入った水、開け放たれた窓。さっきまで人がいた感じの散らかり方だけど、誰もいない。
そして、壁に沿って低い棚がいくつもあって、そこにはガラス細工の作品がずらっと並べてあった。色のついたものもあれば、曇りのない透明なものもある。形も様々で、でも動物の形が多い気がする。
これは……カエル。あれは……ネコ。それは……あっ。
順々に棚の上を眺めながら進んでいると、瓜二つの作品がひとつ。というかそのまんま。
……青い犬。
透けてる感じも同じ、姿も同じ。そして、さっき私の目の前に座ったときと同じポーズ。そっくりそのまんまの犬がそこにはいた。
その犬に目を奪われていると、いきなり頭に手が乗せられてひいっと飛び上がりそうになった。でもその手にぐっと肩を押さえつけられてできなかったけど。
「ここで暴れるな。すべてが水の泡になる」
「え、あ、す、すみません……」
慌てて見上げれば表情ひとつ変えないでアラン先輩が言った。まったく物音がしなかったから飛び上がりそうになったけど、でも少しでも間違えれば身体が棚に当たって作品が粉々に割れてしまっていたかもしれない。
心臓はやっぱりうるさくてなかなか落ち着けないし、至近距離にアラン先輩の端整な顔立ちがあって驚いた。アラン先輩も私同様しゃがみこんでいて、じっと前にいる青い犬を見つめていたからだ。
「これ……あの犬ですよね」
「まあな」
「……思ったことがあるんですけど」
「なんだ」
「ガラスって……マナの透明感に似ていますよね」
「……ああ」
「だから、家業には関係なくてガラス自体が好きでこの場を設けたのかなって思いました」
「それ、誰から聞いた?」
「ソラ先輩ですけど」
「あいつ……人の個人情報流しやがって」
アラン先輩は軽く舌打ちをすると、そう溢した。そして私の後ろ隣から立ち上がると、ひとつの釜の前に座った。
私はその場に立ち上がってその様子を眺める。
「誰もいなくて驚いたんじゃないのか?」
「ええ、まあ……物音ひとつしなかったので戸惑っていたらあの犬が私に入れって誘導してくれて……」
「それで、やることもなくて俺が入ったのも気づかないぐらいあれに見いっていたのか」
あれ、と言った後チラッと視線を送る先輩。それは私のすぐ後ろに鎮座している。
「そうです、ね……なんかわからないんですけど……惹かれたんです。一目惚れっていうことかもしれません」
「一目惚れ?」
「はい。いつか動き出しそうな……その瞬間を待っているような。あ、私じゃなくてこのガラスの犬がってことです。
その瞬間を目にしたいなあって……それに、とってもきれいですし」
「気に入ったのか」
「とても……」
「……よし、わかった。それおまえにやるよ」
私は予想外の言葉に驚く。そんな私を見ながら、にっとアラン先輩は満足そうに微笑んだ。
そして立ち上がって隣に立つと、手のひらサイズのそれを私の片手を取って乗せた。キラキラと光を放ちながらそれは私の手のひらに収まる。
「どうせ、生徒会の誰かに案内されてここまで来たんだろ?」
「チサト先輩です」
「と言うことは、おまえはもう仲間だ。仲間の要望には極力叶えてあげたいと思うのは当然のことだ」
「要望って……私はまだ何も言ってませんが」
「まだってことは……思っていたってことだろ?」
「あ……」
「それに、顔に書いてあったしな。物欲しそうな目で見られちゃ俺もあげざるを得なかった」
顔に出ていたか……それは失礼しました。確かにいいなぁとは思っていたけど貰いたいとまでは自覚してなかった。
私が曖昧に笑っていると、話し声が廊下から響いてきた。それとカチャカチャと何かが擦れ合う音。
「実は、誰もいなかったのには理由がある」
教室の出入口から現れたのは、段ボールを協力してえっちらおっちらと運んでいる先輩たちだった。
それをテーブルの上に置くとふう、と一斉にため息が漏れた。
「お疲れ」
「あ、お疲れ様です。これで全部ですよ」
「今月はわりと大量みたいだな」
「はい!これでもし再起不能な失敗しても大丈夫イテッ!何するんすか先輩!いきなり殴らないでくださいよ!」
「あんたが能天気なこと抜かしてるからでしょ?再起不能にするぐらいの失敗って何よ!言ってみなさいよほら」
「……え、えーっと」
「冗談もほどほどにしなさいよねまったく……失敗してもまた融かして1から作り直すんだからね!まあ、同じものは2つ作れないのは正直なところだけど」
ワイワイと賑やかになった。アラン先輩が男子の先輩に話しかけると、女子の強そうな先輩が乱入してきた。男子の先輩を小突いてからふん、といきり立っている。
私がどうしたものやらと突っ立っていると、アラン先輩が振り返って説明してくれた。
「そこまで大きな部じゃないから1ヶ月に一度だけこうやって廃品になったガラスが届けられる。それを融かして作品に利用するんだ」
その一言で私の存在に気づいた部員の先輩たちがわらわらと集まって来てしまった。