Candy of Magic !! 【完】

ガラス細工愛好会




「ちょっとアラン!この可愛い子は誰?」

「新入生」

「しかもなんであんたの傑作持ってるのよ」

「傑作なんですかこれ?」

「そうよ。傑作にして初めて完成させた作品」

「そんなっ……!」



そんなに意味のあるものだなんて知らなかった!私なんかが貰っていい代物じゃない!

慌ててアラン先輩に手をつき出す。



「返します!」

「いや、貰ってくれないか?」

「え?……でも、思い入れのある作品なんですよね?」

「確かに思い入れはあるが、俺はまたそれに挑戦しようと思っていたんだ。三年前の俺と今の俺。どちらの俺がそいつを上手く作れるのか。

だが、どうしても後ろから昔のそいつに見られていると思うとなんかな……作りづらかったんだ。だから、貰ってくれそうなやつを探していたのは事実だ」

「……先輩がそう言うのなら、貰います。部屋に飾りますね」

「ああ。助かる」

「ところで、その子はここに入るんですか?」



じーっと犬を見つめていると、他の女子の先輩が発した。アラン先輩を含め部員は四人。勝ち気な四年生の女子の先輩と、三年生の男子の先輩、二年生の女子の先輩。

少人数だけど、釜の数が限られているからちょうどいいのかもしれない。


私はアラン先輩の答えを見守ろうと顔を上げた。すると、何かを見つけた子供のような表情をしていた。眼鏡の奥の瞳はイタズラを思い付いたような……

楽しそうな笑顔。



「いや、部員にはならない」



その表情とは裏腹な言葉を返されて私は落胆する。

でも、言葉でまた顔を上げた。



「部員とまではいかないが……アシスタントだな。マネージャーと言えば合うか」

「わ、私がマネージャーですか?」

「ああ。色々と考えていたんだが……俺が卒業したら、新入部員はいれないでおこうと思っている」

「そうなるだろうとは思ってたけど、改めて言われると寂しいわね」



周りの先輩が頷き合っているのを見ても話の内容がいまいち掴めない。

この愛好会がなくなってしまうのに、どうしてこんなにも冷静でいられるんだろう。



「おまえには、この部屋を維持してもらいたい」

「部屋を維持って……使わないのにですか?」

「いずれは使う。俺が教師としてこの学校に戻って来たらな」

「教師……」

「そのときは、正真正銘の顧問として愛好会としてではなく部活として確立させる。ちゃんとした技術を教えられるやつがいなければ続けていてもな……だから、それまで維持してもらいたい」

「でも、私が卒業してしまったら……」

「それまでには必ず俺は戻って来る。おまえたちは首を長くしてそのときを待っていてほしいんだ」

「はい。残された僕たちだけでもガラス細工は続けます。手入れもします!」

「ああ、頼んだ」



アラン先輩は頷き返すと、段ボールの中からガラスビンの欠片を取り出してそう言った。

それは先輩の指先で光を反射して力強く鈍く光っている。



「では、始めるか」

「そうね、時間もあまりないし」

「何作ろうかな……」

「釜は暖まりましたかねー」



と、それぞれが散っていった。先輩たちは目の色を一瞬にして変えて作業に取りかかる。

いったい何をすれば良いのだろうかと立ち尽くしていると、指定席であろう椅子に座っているアラン先輩に手招きされた。

近寄ると、先輩はどこからか椅子を持ってきて私に座るように促した。そこに腰を下ろす。



「あのガラスはまだ使えない」



いきなりそう言われても頭の中は疑問ばかり。

それでも先輩は気にせずに説明する。



「段ボールに入ってるやつはいったん仕分けしないといけないんだ。まずは不純物がなるべく少ないものにわけ、それから色でわける。本来ならきちんとした材料を配合してやりたいんだが、生憎そこまでの余裕も金もない」

「はあ……」

「だから、今から俺たちが使うのは先月届けられたものになる」



先輩は釜の温度を見ているのか、手をかざしたりして確かめながら淡々と話す。どうやら業務連絡みたいなもののようで、先輩は私の反応を一切確かめない。

うーん……いまいち先輩がわからない。


私がただ釜の中で燃えている炎を見ていると、急にそこをレンガで塞がれてしまった。

先輩は今度は釜の上にあるレンガを退けた。すると、そこからはバーナーのように火が噴き出てきた。



「ガラスは炎の温度が低ければ焦げてしまう。高温を保てなければそいつらみたいにきれいな質感は出せない」



そいつら、と言ったとき先輩はちらっと私の手のひらに乗っている作品を見た。犬は微動だにせず揺れる陽炎(かげろう)の光を受け青い影を落とす。

その影は私の手のひらで踊っていた。


先輩は眼鏡を外すと、頑丈そうな棒の先についたガラスの塊をバーナーのように噴き出ている炎にあてた。ガラスは徐々に柔らかくなっていく。

その塊にまた別の棒を押し当てて、そこからにょいっとガラスを伸ばした。炎から離したり付けたりしながらそれを何度か繰り返し、塊はだんだんと形を成してきた。

……凄い。イルカだ。


透明とは言い難い色をしたイルカ。色々な色のガラスが混入してしまっているのか、微妙な色合いをしている。

そのイルカを棒から切り取ると、あっという間に完成させてしまった。テーブルの上で眼鏡の隣にいるその動物もまた、半透明な影を落としている。

先輩は息をふう、と吐き眼鏡をかけた。



「早い……」

「慣れればな。それに初心者でもできる」

「私もできますかね……?」

「さあな。やってみるか?」

「はい!ぜひやってみたいです」

「……と、やらせたいのは山々だが先客だ」



先輩の目線の先を見ると、教室の外で立って中を窺っている男子がひとり。見覚えのある顔だな……あ、わかった。

円周率男子……じゃなくって、スバル・マーカスだ。入ろうか入らないか迷っているらしい。


先輩は立ち上がって彼に近づいて行き、何かを話しかけていた。それに答えるスバル君。先輩の言葉を聞いてパッと顔を輝かせて、私の方へと先輩の後ろについて歩いて来た。



「あれっ……きみは……」

「どうも……」



スバル君は少し目を見開いた。私は軽く会釈する。



「知り合いか」

「同じクラスです」

「なるほど。じゃあ、やってみろ。俺もできるだけサポートしてやる」

「はい」



どうやらスバル君は実際にやってみるみたい。何を作るのか楽しみだ。



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