Candy of Magic !! 【完】
「俺?俺はバスケ部」
「やっぱり……先輩たちに勧誘されたんでしょ」
「特に入りたいやつもなかったしな」
私とヤト君は今、例の時刻の例の場所にいる。
……つまり、夜8時の屋上ってこと。ノートに伝言を書いて回されてから、たまに会うようになった。
と言っても、私が勝手に会いに行く感じ。ヤト君は天候の悪い日以外はほぼ毎日屋上に来ているみたいで、そこに私は気が向いたら行っている。
けど、会ってもそこまで話すことはなくて、だいたいは10分もしないうちにお開きとなるんだ。まあ、私の方がお風呂から出るのが早くて、ユラが終わるのを待っている間彼に会う……時間潰しみたいなもの。
だと思ってたんだけど、それが日課になりつつあるのを否定しない自分がここにいる。
「今度、放課後に球技大会の役割分担するってさ」
「聞いた。審判とかめんどくせ……」
「バスケ部は審判なんだっけ?他の種目もその部活が審判なんだよね」
「バスケの一年の審判は俺だけだけどな」
「それほど飲み込み早いってことでしょ?勧誘されただけあるってことじゃん」
そう、ヤト君は何でもすぐ覚えてやってのけてしまえる能力がある。魔法の授業のときだって、一番後輩にも関わらずもう魔法を上手にコントロールできている。
炎を巧みに操る彼の姿は凛々しく堂々として見える。それは自分に自信があるからこその姿で、私は到底できないであろう姿だ。
私はそれを飴を舐めながら膝に頬杖をついて眺めることしかできないんだもの。
「審判が一番何かと邪険にされやすいしよ。ファールはファールだっての。抗議されちゃやってらんねー」
「それは初心者だからでしょ?体育の授業と大会じゃ違う雰囲気だからあんまり抗議はないと思うけどな」
「だといいが……」
ヤト君は夜空を見上げてため息を吐いた。私も上を見上げる。
そこにはやっぱり最初にここに来たときとは変わらない風景。少し雲が漂っていて星の光が見え隠れする。
そして、先日歴史の教科書を見て知った、川のように連なっている星の名前が頭に浮かぶ。
「龍の星屑……」
「ああ、知ってる。紫姫(ゆかりひめ)の世界ではそう呼ばれていて、願い事をすれば叶うってやつだろ」
「うん。この世界を守った偉人が龍になって、その龍の吐息で龍の星屑は作られたって話」
「半分ホントで半分ウソだけどな」
「ロマンチックで良いじゃん」
紫姫っていうのは、特別な力を持ち異世界から戻ってきた女性のこと。もともとはこの世界の住人だったんだけど、紫姫の掟で地球っていう異世界で成長してまた戻って来たんだ。
でも、いろいろと起きて世界が壊れてしまうような危機に陥ったんだけど、それを阻止してこの世界を救った大昔の偉人。
紫姫は教科書の挿し絵にいた魔物よりは歴史は新しいけど、それでもかなり昔の人だから今では末裔がいるのかどうかさえわからない状態になっている。
考古学者たちは血眼になってその末裔を探しているんだけど、なかなか情報を掴めずにいるらしい。
というのも、紫姫と崇められたのはひとりのある女性のみだからだ。他にも紫姫がこの世界に帰って来たんだけど、誰も特別な力は持っていなかったんだって。でもその代わり、豊富な知識と経験を兼ね備えていて今発達しつつある科学や、音楽、バスケなどのスポーツ全てが地球から輸入した文化。
だから、正真正銘の紫姫の末裔を見つけるのは不可能に近いんだって。紫姫の血は世界に広がってしまって、誰が一番その血を濃く受け継いでいるのかもわからないしそもそも末裔がいるのかどうかも怪しい。
……と、気になって読み進めて行った結果、予習はバッチリになってしまった。まだまだそこをやるのは先のことなんだけどね。
まあ、ヤト君が言った偉人っていうのは紫姫のことじゃなくて、魔物を倒した偉人のことで……そこら辺は言葉にするには複雑だから割愛するよ。
「そろそろ戻れよ」
「ヤト君だって風呂入れば。部活で汗かいたでしょ」
「すぐにシャワー浴びたし。おまえだって暑くないのか?」
「まあね……釜の炎は熱いよ。でも窓開けてるし今のところは平気。夏はどうなるわかんないけど」
「夏か……夏はまた違った夜空が広がっているんだろうな」
ヤト君は星たちを眺めたままぽつりと呟いた。
もしかしてヤト君は星が好きなのかな?こうやって話してても寝転がったままだし。その隣には赤いネコが丸くなってるし……
私は、ネコの隣で体育座りしてる。だからネコを挟んで私たちは座っているわけだ。その小さな背中を撫でてあげるとゴロゴロと喉を鳴らしてくれた。尻尾を僅かにパタ、パタ、とスローテンポで床に叩いている。
それが子守唄みたいに感じられてだんだんと眠気を感じてきた。なんだかんだ色々あって疲れが溜まっているのだろう。
まだまだ時間は寝るには早いんだけどね。
「じゃあ、戻るね」
「おう」
「おやすみ」
「……なあ」
「ん……?」
トアノブに手をかけた瞬間呼び止められて立ち止まって振り返る。
ヤト君はこちらを見てはいないけど、何かを言いたそうにしているのは感じられた。なぜかは……ネコがそわそわとしているから。主の感情を敏感に感じとることのできるマナは、ある意味ウソ発見機になることもあるんだ。
「おまえといると……こいつが落ち着くんだ」
こいつ……きっとネコのことだろう。その子が私といると落ち着くの?
「おまえに会うまでは、たまに言うことを聞かなかったりすぐにいなくなったり自由奔放だったんだが、なぜかおまえの近くだと素直なんだ。逆にリラックスしているようにも思える。
それに、俺もな……」
「俺も?」
「……俺の力も安定する。それはこいつが安定しているのも影響しているとは思うんだが……魔法の授業んときにおまえが近くにいると意識すると上手くコントロールできるんだ。なぜかはわからないんだけどな……」
「ふーん……特に何もしてないけどなあ。でも、あんたがそう感じるならそうなんじゃない?私が安定剤になってるってことでしょ?」
「さあな……」
「気になるならタク先生に聞いてみれば?そういうののエキスパートなんだからさ」
「……そのうちな」
「とか言ってめんどくさいだけでしょ。もう帰るからね」
「ああ……」
心ここにあらずのようで一度もこちらを見ない彼を置いて私は屋上を後にした。彼がいったい何を伝えたかったのかはわからないけど、私を嫌っていないということはわかったかな。いつもポーカーフェイスで仏頂面でクールで口数少なくてなんでもできて……アラン先輩といい勝負だと思う。
そんな彼が私といると安心する的なことを言った。それは嬉しいけど……それってどうなのって思う。
彼には……私以外に仲の良い人はいないのかな?部活でできてくれればいいのにな。なんか皆ユラとかも魔法の授業のときに情報交換してるみたいなんだけど、私たちにはあまりそういう機会はない。
だから、疎外感を感じないと言えばウソになるけど、彼がいてくれるから私も安心できる。
……磁石だね。近くにいればなんとなく意味なんてないままにくっつく。陽極と陰極だから勝手にくっつくだけなんだ。
くっついていれば、ひとりじゃない。近くにいれば、ひとりじゃない。
でも近くにいる相手はひとりだけじゃなくてもいいと私は思うよ。もっと交遊の輪が広がればもっと充実した生活を送られるはずなんだ……
私はヤト君が話してくれた意味を考えながら部屋へと戻って行った。
「……癒しを与えられるのは、おまえにしかできないんだ」
ヤト君は私がいなくなってから数分後にぼそっと呟いた。その真意は、彼にしかわからない。