Candy of Magic !! 【完】
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アランside
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昔、俺がまだ15歳のときにあるひとりの少女と出会った。
名前は知らないが、11歳だってことはわかった。名前は教えてくれなかったんだが、歳と家族、旅商人をしていることは教えてくれた。
彼女の乗るキャラバンがちょうど俺の住んでいる街に寄っていて、数日で去ってしまうという。
もちろん俺の実家は時計屋だから、そのキャラバンにいくつかの商品を売ることになっていた。
俺が見映えよくしようと店の前を掃除していると、目の前にある噴水のところでひとりの少女がぽつんと座っているのが目に入った。
ここは噴水が中央に位置した広場で、その広場を囲むように店がずらっと並んでいるのだ。だから商店街と言ってもあながち間違ってはいない。
その噴水に見慣れない少女が座っている。そして今朝来たばかりのキャラバン。
それで俺は予想した。あの子はキャラバンと一緒にやってきた少女なのだと。
しかし、明らかに纏う雰囲気が見た目にそぐわっていないのは確かだった。何をするでもなく、ぼんやりと噴水の水面を眺めている。いったい何を見ているのか、と普通の人なら疑問に思うだろう。
でも、そのとき俺はまさか、と思っていた。
噴水の上空を赤いキツネが走っているのは俺の目には入っていた。目で追えるスピードだが、例えば雲を目で追うには速すぎるスピード。つまり、そいつを直視して追い続けると変な目の動きになってしまうのだ。そうなると周りの人間からは訝しげに思われてしまう。
だから、あの少女は水面に移ったキツネを目で追っているのではないか、と。下を見て俯いているのであれば目の動きを見られることは顔を覗かれない限りないだろう。
そして、彼女の纏うオーラは……悲壮な感じを匂わせていた。孤立していた者が持ち得ている独特な壁を感じるオーラ。
俺は人の心に敏感だったから、すぐにただの子供じゃないと気がついた。少女がひとりで出歩いているのもおかしいし、動作もあまりない。
俺は好奇心半分警戒心半分で、掃除の手を休めて少女に近づいた。その行動はキャラバンの子供なら親しくなれば利益に繋がると思ったからでもある。
でも、それだけではなかったのかもしれない。
「おい、何見てるんだ」
少女は俺を見るなりばつの悪そうな顔をして俯いた。言い訳を探しているのだろうか、はたまた本当にただぼんやりと眺めていただけなのか。
まあ、彼女が例え告白してくれたとして
も、俺も見えることを素直に話せるかどうかは別の話だがな。
少女はしばらく沈黙を通していたが、ふと俺の目を真っ直ぐ見て小さく答えた。
「……雲、雲見てた」
……彼女は前者を選んだようだった。それなら俺も秘密は話さない。
「歳は?」
「11歳」
「おまえ今朝来たキャラバンの子供だろ」
「うん」
「名前は……?」
「教えない。教えてもどうせ忘れられるから。それなら教える意味ない」
「……じゃあ、家族は?」
「お父さんとお兄ちゃん」
「お母さんは?」
「……教えない。意味ない」
どんだけ意固地なんだこの子供は。母親について語らないって子供としてどうなんだ?大事にしているから隠したいっていう独占欲か?それとも……その逆か?
まあ、俺には関係ないか。数日間だけの付き合いだ。商売先と変な関係を持ちたくないし。
「俺はこの時計屋の子供だ。たまに商品作りの手伝いをしてる」
「私は……何もできない。何もしない。手伝いはお兄ちゃんがやってたけど、学校に行ったからお父さんがひとりでやってる。でも私がいるせいであと少しでキャラバンとはお別れ」
「おまえのせいで?」
「私が、女の子だから。……セケンテイ?を考えると環境が悪いんだって」
「なるほど……」
風呂も満足に入れずのらりくらりと放浪する旅商人は娘には申し訳ないと思ったのか。
でも、可愛い少女だと思う。このオーラさえなければ。
「いつここを発つんだ?」
「わかんない。トリヒキ?が終わったらだって」
「そうか。その間、暇か?」
「暇……かな?」
「じゃあ、俺に少し付き合え」
そこから少女との関係が始まった。
明日もおいで、と言うと少女は次の日も現れた。やることがない……あるいは居場所がキャラバンにはないのかもしれない、と俺は悟った。
見えているのなら、虚言癖やそのような変なことを周りに見せてしまっていた可能性はある。俺もそうだったが、一度やってしまってやらかした!と感じてからはやらないようにした。俺のただの勘違いだけで周りには思わせておいた。
決して勘違いではないのだが。
それを少女は周りに言いふらしてしまったのだろう。そうなると居場所がなくなるのも頷ける。身近にいた兄もいなくなったばかりで居心地が悪いのかもしれない。
「今日は何するの」
「俺の傑作を見てほしいんだ」
「ケッサク?」
「一番上手くできたやつを見せてやるよ」
俺はいったん店に戻ってから机の上に飾っている傑作を持って少女に見せた。
すると、彼女のオーラが和らいで見えた。
「似てる……」
「だろ?そのまんまだろ」
「……うん」
今の微妙な間が気になったが、聞かないでおいた。確かにそれは俺も最初見たときに思ったからだ。見た目が本物に似ているという意味での似ている、ではないということ。
俺が見せたのは、赤い鳥のガラス細工。今にして思えばなぜあんな不恰好な物が傑作だったのかは理解に欠ける。
俺が最初にガラス細工を見て思ったこと……それは、色合いがマナにそっくりだということ。
透明感や色の透け方。影がカラフルに揺らめき地面に映る様は実物そのものだ。俺もあっと思い、心を打たれてガラス細工に興味を持った。
本当は時計に使うガラスの残りで工房の職人の誰かが作ったのを見ただけなんだ。その職人からすればただの小細工だけど、俺にとっては革命に近かった。一目惚れ、ということらしい。
それ以来、こっそりと工房に忍び込んでガラス細工を作るようになった。でもある日見つかってしまいこっぴどく叱られたが、やるなら大人の目があるところでやれと親父に言われて公認された。
そのときから人目も憚(はばか)らずガラス細工に熱中している。趣味の域を超えもはや日常となっていた。だからガラス細工のできない学校で生きていける気がしなくて、先生たちに無理言って愛好会を作ってしまったのかもしれない。
ある意味ガラス細工中毒だな俺は。自分でも呆れるが、嫌にはならない。それほどガラス細工には魅力がある。
……その魅力を、なぜか俺はその少女に感じてしまった。